デスレースは1周もできない
「……父さん、急に呼び出して……これはいったいなんなんだい?」
「やっときたか……ギリギリの到着だな――焦ったが、間に合って良かった。座りなさい……特等席で見ることができる、我が社が開催した世界最大のレースだ!
今回は今日のためだけに作らせた特別サーキットだが、いずれは世界の海や山、森の中をコースにして参加者を募る予定だ。――ルールは『なんでもあり』、もちろん兵器を使い、相手の
だからこそ、速度だけを重視していればいいということでもない。攻撃力、防御力、飛行性能や水中でも稼働する水陸両用の車体を作ることが最低条件になってくる……、レースが盛り上がれば、車体をカスタマイズするための道具が売れまくるはずだ……それに、他国の兵器を利用した車体も今後、登場するだろう。
そうなれば……秘匿されていた他国の兵器の詳細が車体から読み取ることができるかもしれん。エンタメを隠れ蓑として、敵国の技術を見るのが目的とも言える。膨大な金をかけてこの大会を立ち上げた分の見返りは必ずあるはずだ――」
「ふうん……まあ、実際に見てみないことにはね」
――特等席。上から見下ろすことができる席だった。
観客席は特等席よりも低いために多くの死角も存在している。その死角を潰すための巨大なモニターだが、それも全てを映せるわけではない。
レースの現場は過酷な環境となるだろう……、選手を映すカメラが長くその場で生き続けられるかと言えば、難しいと言えるだろう……。
死角を潰すためのカメラにも死角は存在する。特等席だって、言ってしまえば広く見渡せる分、コースまでの距離は遠いのだ。小さくて見えない部分は多数ある。
(8の字のコース……シンプルで、道も舗装されているのか……、ハンドルテクニックとなんでもありの妨害が鍵となるのかな……。これが森や山だった地形の利もあっただろうけど、このコースはシンプルであるがゆえに選手の腕前が……いや、腕前よりも明確に、『兵器の差』が出る気がするけど……)
「父さん……観客に流れ弾が当たったりしないのかい?」
「透明度の高い防弾ガラスでコースを囲っておる。巨大なスノードームと思ってくれて構わんさ。天気の影響を受けないのが玉に瑕だが……しかし、今後はスプリンクラーのように疑似的に天候を操作できる機能をつければ、レースを一変させることもできる。まさにスノードームにすることができるわけだな――」
透明度が高いために見て分からなかったが、中の見やすさを重視した防弾ガラスが目の前にあるらしい。……遠目からでは分からなかった。
だが近くなら……手を伸ばせばガラスに触れられるのかもしれないけど。
「……なるほどね。耐久性は……そこはきちんとしているか。ガラスがあるってことはさ、ブーイングで投げつけられたペットボトルなんかはコースに入らないってことだよね――選手からしても助かったんじゃないかな?」
観客を兵器の流れ弾から守るためのガラスだが、観客から投げられる非難から選手を守るためのガラスでもあった。
「同時に、外部からの邪魔も入らない……選手にはレースだけに集中してほしいからな」
「…………」
主催者の配慮だが、既にガラスの内部に侵入者がいれば防げない段階である。まあ、言って不安にさせることもないか、と、招待された息子は傍にいた女性に飲み物を頼んで特等席に座る。
世界最大のレース。
なんでもあり……、ルール上、デッド(オア)アライブである。ただし、それは結果的に、であり、意図して殺すことは禁止されている。
意図しているかどうかの線引きが難しいが……、車体ではなく運転手を狙った部分は意図的と言えるだろう。
ただ、高速で移動しているレース中の出来事だ、どうとでも言い訳などできるが……。
(そうか、言い訳をさせることでスポンサー離れを防ぐ……? 父さんが企みそうなことだね……。表向き『殺し』は禁止しているが、観客席に座っている大人たちはみな知っているわけだ……これは、【デスレース】であると)
レースではなく、これは殺し合いを楽しむための娯楽である。
殴り合いのデスマッチよりはマシだが、かと言ってレースと言い張ったところでマイルドになるわけではない。本質はやはり殺し合いなのだから。
「そろそろ開始する頃合いだな……」
所定の位置に並んでいる様々な車体。
速度重視のスリムな車体があれば、子供が作ったような「さいきょうのマシン」と言えるごつい車体もあったり……。
回避に特化したバイクや、飛行に特化した細身の車体も混ざっている……総数は15機。
一位から十五位が、数分後に決まる。
「…………父さん。父さんはさ……どのマシンが一位だと思うんだい?」
「妨害耐性が重要だと言ったが、メインはレースだ。最速で三周したマシンが一位となる……であれば、やはり速度重視のあの四輪なのかもしれんな……」
客席では既に賭けが始まっていた。一番人気はやはり主催者が言ったように、速度重視の四輪車のようだ。最も倍率が高いのはバイクである……当然だ、選手が剥き出しになっているあんな危険なマシン(?)、殺してくださいと言っているようなものだ。
「…………別に、あのバイクだけでもないけどなあ……」
「? なにか言ったか?」
「いや。……ところで妨害は二周目から、なんてルールはあったりするかい?」
「一周目から可能だ。
一周目を禁止してしまえば、速度重視のマシンが勝ってしまうのではないか――」
それではつまらん、と主催者が腹を叩く。
……確かに、レースなのに速度に差が出てしまえば周回遅れとなる可能性もあるし、ぶっちぎりでゴールされても盛り上がらないが……しかし。
初っ端から妨害がありだとすれば、それこそ…………。
「――レースの開始時刻だな」
「……なら、もう見た方が早いね」
主催者である父に言うか言うまいか迷っていたが、言うよりも見てもらった方が早いと思って、この場で指摘はしなかった。
気になっていたことを伝えたところで、きっと父親は「飲み込んで理解する」よりも、現実で結果が出て、それを「見て理解する」方が簡単で早いだろうから……。
残り数秒で、答えが分かる。
選手たちがマシンに乗り込み、目の前の信号が赤から青になるのを待つ――――そして。
警告音に似た音が響き、信号が、赤、黄色――それから青へ変わった。
並んでいたマシンが、合図と共に飛び出し――――
横一列で、爆散した。
全ての機体が、だ。
全員が左右の機体を妨害した結果、お互いの兵器の力が十全に振るわれ、受けた機体が耐えられなかったのだ。
……破壊されたマシン同士のパーツが混ざり合う。スタートダッシュを決めたせいで、破壊された位置から数百メートル先まで破片が飛んで――――赤黒い煙が、ドーム内を支配した。
一秒も持たなかった。
装備していた矛が強過ぎたせいで、互いに盾を貫いてしまった……レースは破綻だ。
生存者はおらず、莫大な金をかけたデスレースは、一瞬で幕を閉じた。
「な、な、なにが、起きて…………っ」
「父さん。妨害ありのレースは普通こうなるよ。今回のこれは極端な例だけどね……」
想定はしていたけど、まさか本当に初撃で全てのマシンが崩壊するとは……。
生き残るマシンがいくつかあるとは思っていたが……ごてごてに盾を構えていたあのマシンですら、爆散するとは……――兵器とは恐ろしいものだ。
「――テレビゲームとは違うからさ……、マシンにとっては砲撃ひとつでも、致命傷なんだよ。当たって、よろけて、すぐに復帰できるわけじゃない。一撃当たれば終わりのデスレースなんて、長続きするわけがない――コースの上でも、ビジネスの上でもね」
デスゲームは当たっても、デスレースは流行らない。
一度売れて天狗になった父親は、今回で得たものの全てを失ったのだった。
…了
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