タイラント・キリング(短編集その16)

渡貫とゐち

タイラント・キリング(前世シリーズ:愛染夏凜編)


「――姉さん! どうして【チーム】を抜けるんですか!!」


「え、結婚するから」


 ……は? と、昭和(前時代)から出てきたようなスケバンの格好をした少女たち――は、急な告白に口をあんぐりと開けて、二の句が継げなかった。


 同時に、勢いが削がれてしまったのもあるし、『結婚』と言われてしまえば引き留めることもできない、ということも理解している。

 強気な格好の割りに、バイクに跨り、やかましく騒ぎながら道路を走ることはないし、深夜まで集まることもない。

 平成(新時代)らしい「悪いフリした良い子ちゃん」たちだ。見た目とくくりこそ「暴走族」、「不良集団」ではあるが、それぞれが根は優しい女の子たちだった。


 証拠に、全員が「姉さん」として慕う総長の結婚に、一瞬遅れたが、理解が追いついた後に全員が沸き立ち、祝福の声を届けた。


「おめでとうございます!」の言葉が四方八方から。

 チームからの引退を決めた総長は周りから浮いている清楚な大学生のような格好(ワンピース姿)で…………薄い化粧なので、まさか彼女が暴走族の元総長だとは誰も思わないだろう。


 彼女の結婚相手は知っているのだろうか……恥ずべき過去ではないけれど(犯罪は犯していないのだから……ようは「ごっこ」である)、人によっては暴かれたくない過去かもしれない。


「あの、姉さん……もしかしてですけど……」


「うん。あ、分かる?」


 元総長がお腹に触れる。まだ見た目で分かるほど大きくはないけれど……、本人がそうしたということは『そう』なのだろう……――新しい命が、そこにいる。


「子供、ですか……」

「そうなの。だからもうこのチームを続けることはできないわ。というか私、大学生にもなって暴走族(……っぽいこと)とか、やってられないし」


 それもそうだ。残された側が急に捨てられては困るので、一時の感情で引き留めていたものの、そのせいで誰も独り立ちができずに総長におんぶにだっこだった。


 このままずっと楽しい毎日が続くと思えば……しかし当然だけど時間は進んでいく。高校を卒業した総長も大学生になり、結婚し、母になる――では、自分たちは?


「…………」


 副隊長は卒業間近だけれど、数年前となにも変わっていなかった。


 遅れている自分たちは、このままだと現状維持もできないし、前にも進めない……路頭に迷うことができればいいが、このまま今の世界に縛られ続けてしまうのではないか……

 ――それが一番、怖い。


「姉さん……結婚も、お子さんのことも、おめでとうございます――」


「ありがと。……ねえ、夏凛かりん? 夏凜だけじゃなくて、みんなもだけど……――みんなはこれからどうするの?」


 どうするの? と聞かれれば。

 どうしたらいいですか? と委ねるしかなかった。


 それだけ、このチームは一枚岩だったのだから。


「姉さん……どうしたら……」


「続けたいなら続ければいいと思うけど……、私たちは強い女性に憧れて、『それっぽい』ことをしていただけよ? 犯罪行為はしていない……。まあ、小さな喧嘩はしたけど。でも、本当に危ないことはしていないじゃない。だから、このチームが存在し続けることは罪ではないわ……みんな、学校の勉強はちゃんとしているでしょう?」


 学校から出された課題は片づけている。苦手分野は仲間内で補い合いながら……、なので意外と、それぞれの学校では成績は良い方だったりするのだ。

 成績がふるわない子も中にはいるが、不良生徒ではない。

 学内と学外でまるっきり違う自分で分けているところは、俗に言うロールプレイングなのか。


「やることをきちんとやっているならいいと思うわ。存続も解散も好きなように。私から始まったチームでも、今はあなたたちの居場所なんだから、ね――副隊長の夏凜が後任だけど……だからあなたの好きなように……頼むわね」


「え、アタシ、が……?」


 副隊長……もとい、新総長である愛染あいぞめ夏凜が振り向いた。

 追うべき背中を見失った仲間たちの視線を一手に引き受ける……、そんな夏凜も、総長の背中を追うだけだったが……。それが今や、道を照らすために先頭に立っている。


 チーム内には中学生もいる。

 解散させるにしても、ここで手を打って「はい解散」ともいかないだろう。ここにしか居場所がない子もいるのだから……、そのフォローは、しなければならない。


「副隊長――いや、新姉さん!」

「夏凜姉さん、よろしくっす!」

「おねがいします!!」


「……ちょ、ちょっと待って! アタシも、まだ心の準備が……」


「私も心の準備ができていないまま母親になるんだけど……夏凜は逃げるのかな?」


 ぽん、と肩を叩かれて。

 ……続けて耳元で囁かれ、夏凛の背筋がぴんと伸びた。


 全盛期の「姉さん」が戻ってきたような気がした。

 昔の彼女は、それはそれは、怖い人だった……。


 スケバンの格好は、元は昭和のイメージだろうけど、大半のメンバーは総長の影響だ。昭和のイメージを総長のフィルターを通して、「今」、再現している……。

 スケバンの格好にアレンジが加えられているが、その全てが総長ねえさん独自のものだ。


 古臭い中に今風が混じっているのは、今を生きる人が取り込んだがゆえのものだった――。


「姉さん……、でも、アタシ……」


「不安なのは分かるけど、やってみなよ。困ったら私に頼ってもいいし……でも、できる限りは自分でやってみな。それがあなたのためになると思うから」


 総長から引き継いだチームは存続することになった。早々に解散するかもしれないが、ひとまずは、総長が抜けたからと言って瓦解するようなことはない。


 ――ただ、これまでの色がこれからも引き継がれていくとも限らないけれど……。



 そして、良くない変化は早々に起こっていた。


「……合併?」

「はい。別のチームと合体したらどうですか、って思ったんです」


 中学生の少女が、どういう伝手なのか分からないが、前へ進むための提案を持ってきてくれた。……提案、とは言ったが、ほとんど話が進んでおり、後は総長である夏凜の『了承待ち』みたいなところがあるが……。

 二つ返事で了承することではない、と、いくら新総長になったばかりとは言え、分かったはずだが――

 憧れの『姉さん』がいなくなったショックからか、夏凛は安易に、その提案に乗ってしまった。


 ――結果、『姉さん』が立ち上げ、多くの少女の居場所となってくれた【チーム】は、中学生の不良たちに穴を開けられ、食い物にされてしまった――――

 チームの主要メンバーが男子であれば、当然の末路だった。


「みんな……」


 大切な仲間たちは、学ランを着た優等生に見える少年たちに、傷物にされてしまった……、本当に大切なものは奪われてはいないものの、体のあちこちを触られたのは事実だった。

 ……誰も、力では勝てなかったのだ。


 年齢の差はあっても、やはり男女の差はある……力では敵わなかった。


「夏凜総長」


「っ」


 ノートとペンが似合いそうな丸メガネの少年は、今、その手には鉄パイプが握られている。

 彼が地面を叩けば、廃墟となっている貸倉庫に音がよく響き渡る――

 その鉄パイプは、実際に仲間の少女に振り下ろされていた。


 反抗すればこうなる、という前例が横たわっている。


 折れている少女の腕を見て、夏凛はもう二度と動けないほど、先に心が折られてしまっていたのだ――。


「僕の奴隷になってよ」

「……漫画の、見過ぎだよ……奴隷なんて……」


「じゃあ言い方を変える。僕の言うことをなんでも聞く犬になってよ」

「…………」


「僕の女にはしないよ。女はいるからね……だからお前は犬でいい」

「そんなの……」


「嫌だと言ったら手足を折って病院送りにするだけだよ。あとはお前の弟……、まだ小学生だったよね? 学校も分かってる。何年何組なのかも。

 まあ、分かっていなくても、調べればすぐに分かることだしね」


「待ってっ、弟だけは――ッッ」


「だったら犬になれよ。

 這いつくばって僕に服従するんだ――いいかい、元総長?」


「…………ッッ」


 総長という肩書きを失うことに未練はない。這いつくばり、気に食わない男の犬になることも、屈辱だが、できないわけではない……。

 それよりも、仲間を傷つけられることや、なにも知らない弟が嫌な思いをすることだけは、避けなければならない――――だから。


「(姉さん……やっぱり、アタシには、無理だった……っっ!)」


「さあ、僕の靴を舐めろ。お前が口にできる言葉は、『わん』だけだ……分かったな?」

「……わか、」

「わん、だろ?」


 頭上から彼の足が落ちてくる。

 男の力で踏みつけられた。

 額を床に打ち付け、流れてくる血に顔をしかめた。


 ……痛い、怖い、痛い、痛い痛い怖い!!


 ……相手は中学生だ、年下だ、でも――――≪本物≫だ。


 本物の不良であり、悪党だ。


 これまでのような、『ごっこ』が通用しない――闇の部分。


 中途半端な気持ちで踏み込むべきではなかったのだ。

 ……『姉さん』が引退したタイミングで、自分たちも離れるべきだった……。


 だけど、後悔しても、もう遅かった。


 中学生のガキに、全てを壊された。


 少女たちはなす術もなく――――



「へっ、良い駒が手に入った――」


 悪党が勝ち誇った、その時だった。


 ――廃墟に新しい足音。

 見覚えのない侵入者に、近くにいた中学生の男子が、詰め寄っていく。


「……誰だ、あいつ……」


「…………?」


 ――もしかして姉さん?

 と、期待した夏凜だったが、それはそれで、妊婦がくるべきところではない。


 期待しながらも、そうであってほしくないと願いながら、夏凛が見たのは…………

 同い年に見える少女だった。


 ポニーテールの、見たことのない少女。

 彼女の影は、なぜか――――大きな猫に見えていた。



「……誰だてめえ。この女どもの仲間か?」


 侵入者は質問に答えなかった。

 代わりに、自分の都合だけを、相手に伝える。


「…………悪いけど、付き合ってくれない?」


「あ? ――はっ、愛の告白かよ?」


 周囲を支配する不穏な空気から、そうではないと思いながらも笑い飛ばさないと気が済まなかった。男子の大半は警戒しているが、それでも油断がまだある……それでも数人のリーダー格は気を抜いていなかった。なぜなら現れた女は……只者ではない。


 武器は持っていないし、構えもめちゃくちゃだ……、武術に精通しているわけではないが、だからこそストリートで鍛え抜かれた『喧嘩に特化』した相手かもしれない。

 ――だが、所詮は女だ。

 年上だろうと力でなら勝てる……それに、武器もあるのだ。中学生たちにはそういった余裕があったのだろうが……、その気の緩みが、彼女を止められなかった敗因となったのだろう。


 チームの中で最も大きな体格をしていた男子が殴り飛ばされた。

 上に三メートル、後ろに十メートル以上も飛ばされて――――。



「…………は?」


「満足するまで付き合ってくれよ……こっちはもう、がまんの限界なんだ――あぁ、いいよな……この破壊衝動をぶつけるのは、お前らなら、誰も困らねえもんな――」


 ポニーテールの少女。

 彼女が拳を、さらにぎゅっと握り締め。


 消えた。

 否、身を低くし、全員の視界から外側へ出たのだ。

 不意を突いた――のだとしても、速度はやはり早い。

 人間のそれを越えているように感じた。


「うそ……」


 這いつくばる夏凜は見た。

 周囲の男子たちが殴り飛ばされていく光景を。

 躊躇も手加減もない。容赦もない――いくら悪党だからとは言え、こうもされるがままなのを見ていると、彼らに同情してしまう――。

 リーダー格のメガネの男子が、こっそりと場から逃げようとしていたが、目ざとく気づいた少女が、追いつき、彼の襟を掴んだ。


「ひっ!?」


「――――」


 発されたのは、人の声ではなかった。

 夏凜が聞き取れなかったそれは、ある生物が発する超音波かなにかだったのかもしれない――。捕まった丸メガネの男子が床に叩きつけられ、彼女に馬乗りにされる。

 そして――拳が振り下ろされた……。

 何度も、何度も、何度も、何度も――――。


 骨を打つ音だけが響き渡る。


 灰色の床に、赤い血が飛び散り…………。



 満足した少女が、立ち上がった。


「…………ふう。スッキリした……、これで陽壱よういちをぶん殴る心配もねえな……」


 彼女はそう呟いて、残っている女子には目も向けずに、廃墟から出ていった。


 残された夏凜とその仲間たちは、数十分も、呆然としたまま動けなかった――。



 神谷かみや飛鳥あすか

 彼女に救われた……いや、救われたと言ってもいいのか?


 彼女は最近、不良界隈では噂になっていたのだ。

 道場破りのように、暴走族や不良チームに喧嘩を売っては壊滅させているらしい……、持ち前の喧嘩の強さで、噂によればナイフにも臆さず勝利をもぎ取るようだ。

 目の前で彼女の戦いを目の当たりにすれば……

 彼女は人間ではないのではないか、と思ってしまう。


「姉さん、どう思います?」

「んー? 私はもう関係ない立場なんだけどねえ……」


「困ったら頼れって言ったの、姉さんでしょ」

「でも、もう解散したんでしょう?」


 それは……そうだった。

『姉さん』が作ったチームを解散するのは名残惜しかったが、実際に被害が出てしまった以上は、自分たちがいる世界ではないとあらためて自覚した。足を洗うべきだったのだ――。


 怪我をした仲間は、入院するほど酷い子はいなかったが、折れた腕にギプスを取り付けることになった子はいた……。

 二度と、こんなことは起きてはならないのだ。

 居場所がどうこう言っている場合ではなかった。


「連絡は取り合ってます。でも、もう直接、みんなが集まることはないと思いますよ……」


「そう。まあ、いいんじゃない? みんな、こうして大人になっていくのよ――」


 それは成長なのかもしれない。

 前を向いて進むことなのかもしれない――でも。


 寂しい、と感じてしまうのは、自分がまだ子供だからだろうか?



 副隊長でも新総長でもなくなった愛染夏凜は、『姉さん』にチームへ誘われる前の平々凡々な生活に戻った。そう、つまらない日常に――。


 弟の日々の成長だけが楽しみになっている日常だった……、それが悪いとは言わないけれど、刺激的な毎日を一度でも経験してしまうと、やはり物足りないと感じてしまう自分がいて……。


 だからと言って、あの騒動に『また』巻き込まれたいとは思わない。


 もう、誰も――傷ついてほしくはないから。


「…………」


 あの中学生たちは、結局、懲りて足を洗ったのだろうか……、いや、そんな気はしない。


 彼らの性格からすれば、復讐心だけがすくすくと育つのではないか……。鉄パイプでもナイフでもダメなら、今度は拳銃でも持ち出しそうな気がする……そういった危うさがあった。


「………………嫌な、予感が、」


「感じるなら、ちょっと遅かったね」


「っっ!?」


 背後。

 夏凜の背中に、冷たく硬い感触がした……。


 ナイフが、突きつけられている……?


「あんた、は……」

「協力しろ。神谷飛鳥に、復讐をする――」


「……っ、だれが、協力なんか……っっ」

「ふうん」


 背後でがさごそと動かれると、ナイフ以上のものが出てくるのかと想像してしまう。

 ナイフ以上となれば、拳銃だ……でも、どうやって中学生が拳銃を手に入れられる……?


「勘違いしてそうだね。ナイフ以上のものは無理だよ。手に入れられるわけがない……、僕だってそれくらい分かっているさ。

 というか別に、武器をグレードアップさせる必要なんかないんだ……、お前を動かすために必要なのは『痛み』じゃないだろう?」


 痛みでなければ…………。


「…………人質」


「そういうことだ」


「ッ、弟だけは!!」


「――ああ、≪そっち≫じゃない」



 ――そっちじゃない?


 愛染夏凜の大切なものと言えば、弟だが……しかし、そっちではないとすれば……?


 残っているのは、ひとつしかない。


「あんたが慕う『姉さん』の、これから生まれてくる≪命≫だね」


「ぁッ、アンタッッ!!」


「妊婦の腹を潰されたくなければ従え。これから生まれてくるかもしれない赤子を事故で運悪く殺してしまっても、罪に問われるのかな?」


 ――最悪の悪党が、生まれてしまった。


 神谷飛鳥。

 彼女は強いけれど、それだけだ。

 徹底して潰さなければ、敵は悪性を増して、周囲に害意を振り撒くのだ。


 彼女は強いけれど、強いがゆえに、自分とその周りしか守れない。


 だからやはり、彼女は≪ヒーロー≫にはなれないのだ。



「さて、決着をつけようか、神谷飛鳥――――全てを奪ってやる……人権すらも、な」



 神谷飛鳥を巡って。


 愛染夏凜。

 そして立花たちばな録助ろくすけが、再度、交わることになる――――




 …続――※本編へ

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