スタービューオンライン


 VRMMOゲームが台頭してきて早十年近くが経っていた。今でこそ当たり前のコンテンツだが、当時はその新技術に多くのゲーマーが熱狂したらしい。


 意識をゲームの世界へ……と聞けば危険性も想像できるが、それ以上にゲームの世界に入って広大な舞台を冒険できるというのは危険を上回るハラハラドキドキ感があったらしい。

 父親の再婚相手もVRMMO内で知り合った人で……義母かあさんと初めて顔を合わせたのもゲームの世界だった。


 宇宙をテーマにした『スタービューオンライン』は、多くのリニューアルを経て、今のシステムに落ち着いていた……、色々な歴史を引き継いでいるせいで世界観がごちゃごちゃしているが、それが魅力とも言える。


 魔法があれば和風の刀もある。騎士の鎧があれば現在のテーマである宇宙らしい近未来なコスチュームもあって……、それぞれの戦闘スタイルによって相性があるのも面白いところだ。

 刀は銃と向かい合えば不利になる、と言ったように……。

 まあそういう不利も、実力で覆せてしまうのだけど……。


 我が家にいながらゲームの世界のマイホームで家族と会う……、ゲームで会って、現実でも会うのだ……何度顔を合わせればいいんだと思ったけど、実家なんてそんなものだ。


 宇宙魔獣を狩ってマイホームに戻ってくると、義母さんが料理を作ってくれていた。調理器具と素材を設定してレシピを『再現』すれば作ってくれるので、これを料理と言うかは怪しいが。


「現実でもこうなればいいですよね、ミツルくん」

「そうですね」


 再婚して一年が経っているが、まだちょっと距離がある……。

 正直なところ、父さんは若い人を捕まえてきたのだ、俺と年齢差も五歳しかなく……ちょっと気まずい。……嫌いではないけど、べたべたもできない距離がまだあった。


 時間が解決してくれる、と思ってはいるけど……、時間が経てば経つほど表面だけ溝が埋まってしまうのではないか。

 ちょっとつつけばすぐに溝が見えてしまうボロボロな状態で中途半端に固まってしまいそうな気もしている。お互いに踏み込めず、これ以上の距離が詰められないまま、関係性が今のまま固定してしまうような……まあ、それでもいいけどね。

 無理に仲良くなる必要はないのだから。



『スタービューオンライン』は、アバターは実際の顔と身長を反映させている。

 その再現度はVRゲームの中でも一番だ。


 普通はアバターとは性別から変えられるものだが、このゲームは昔からそうである。

 当時にはなかった斬新な要素として押しているらしいけど、このゲームにある数少ない不満点だ。


 システムの根幹になっているので今更変えられない仕様らしく、これを変えるとなればこれまでの歴史を否定することになる……。そのため現実の容姿が反映される仕様は変わらないまま、世界観だけがリニューアルされているのだ。


 アバターに嘘はつけないので、出会いの場としても利用されている。

 VRゲームの中で利用者が飛び抜けて多いのはそういう理由もあるだろう。

 ゲームの入口としては、悪いことではなさそうだ。


 ちょっとだけやってみて、そこではまって、続けてくれている人が大半なのだから。それに、出会いから結婚した実例を間近で見ているので、幸せそうなふたりを見ていれば、致命的な欠陥とも言えなかった。


 いいじゃないか、顔くらい。

 どうせ家から外に出れば顔は見られるわけだし。

 装備に仮面や厚底ブーツもあるのだ……誤魔化す方法はいくらでもある。


「できましたよっ、はい、ハンバーグ……好きでしょう?」

「うん……でももうすぐ夕飯だよね?」

「夕飯は別で食べますよ? だってゲームの中で食べても空腹感が紛れるだけですから。ちゃんと栄養は摂らないとダメですからねっ」


 食べた気分になるので勘違いしてしまいそうになるが、実際の体はなにも食べていないのだ。

 錯覚で体が動くなら苦労しない。

 やっぱりちゃんと栄養は摂らなければならない……当たり前だけど。


「じゃあ……いただきます」

「はい、どうぞ召し上がれ」




 深夜。

 軽くログインするつもりだったが……偶然、町中で出会ったフレンドと一緒に夜景でも見ながらお茶をすることになった。彼女は紅茶を淹れるのがすごく上手なのだ。


 まだ小さいのに。

 中学生くらい……だと思うけど。

 でも、立ち振る舞いや所作は大人びた子だった。


「夜景が綺麗ですね」

「そうだね……夜景を見下ろしているから変な感じだけど」


 宇宙空間。

 ふたりだけが入れる透明なシャボン玉の中にはパラソルとテーブル、椅子が設置されており、ふわふわと宇宙空間を漂いながら、俺たちはお茶を嗜んでいた。

 ……和服の少女はマサキと言う。俺が所属する大きなギルドでおこなわれるクエストでは、よくパートナーを組んでいる。ゲーム初心者の彼女を、俺が教えている内に仲良くなったのだ。

 義母さんよりは喋りやすい相手だ。


「そうだ、ミツル先生」

「先生はやめろって。君の方が年下だろうけど……気にしないで普通に呼んでくれればいい。その方が俺も接しやすいから」


「じゃあ……ミツルさん?」

「それでいいよ、マサキ」


 俺たちを乗せたシャボン玉はふわふわと宇宙空間を漂っている。

 外を見れば、様々な色の惑星が確認できる。伸びている「引力」を掴むことでその惑星に降りることができる……、惑星によって環境が違えば棲息する生物ももちろん違う。当然ながら世界観も――色々な要素がごちゃごちゃになっているのは、惑星によってガラリと変わるからだ。

 まるで複数のゲームを詰め込んだような……。


 サブクエストが壮大過ぎてやることが多い、というのは良くも悪くもある。俺は飽きないからいいと思うけど、人によっては全てを楽しむのに一年では足らないだろう。一日中ログインできる人が多いわけではないのだから。


「ミツルさん、一緒にいってほしいクエストがあるんですけど……」

「ん? いいよ、いこうか……で、どんなクエスト?」

「聞かずにいくって言ったんですか? 今更いきませんはなしですよ?」

「もちろん。どんなクエストでも、マサキと一緒なら楽しそうだなって思ったし」

「もう……っ」


 特別扱いを喜ぶマサキだ。彼女は嬉しさを誤魔化すように紅茶を飲み干して、クエストが載っている大型本を取り出した。

 


 後日、クエスト終わりに彼女が言った――「リアルで会いませんか?」


「え?」

「嫌ならいいんですけど……その、美味しい紅茶屋さんを知っているので、一緒にいきませんか、と思って……」


 …………。

 出会いの場にもなる、ということを否定はしていなかったが、それでも内心では「ゲームをする場であって出会い系ではないんだけど」と少しくらいの嫌悪感はあったのだ……そんな俺が、出会いの場として利用してしまうのは……。


「あの、ダメ、ですか……?」


 年下の女の子からのお願いに、強く断ることもできなかった。だからと言って、「うーん……それは、その……どうかなあ」なんて曖昧な返事は男らしくなかったし、そんな姿を見せたくないと思うくらいには、彼女のことを好意的に見ている……。

 俺だって、ゲームの中で知り合った女の子に下心を抱くことくらいあるのだ。

 ……文句あるか?


 俺の父親はゲームで知り合った人と結婚したし!!


「……分かった、いいよ。美味しい紅茶屋さんに興味あるし……いつなら大丈夫?」

「週末でどうですか?」

「俺は構わないよ」

「では週末……前日にまたここで会いますから、そこで打ち合わせをしましょうねっ」


 言葉も体も跳ねて喜んでいるマサキが、一足早くログアウトしていった。

 俺はひとりきりになったシャボン玉の中で……ふう、と息を吐く。


「…………たぶんあの子、見た目的に中学生、くらいだよな……」


 容姿は割れている。だから年齢の話をしたことはなかったけど、たぶん……少し大人びて見えていてもギリギリ中学生な気がする。

 いや、まだ幼い高校生の可能性もあるけど……まあどっちでもいいか。……向こうは怖くないのだろうか。年上の男を誘うなんて……、って、警戒していたら誘うわけがないのか。


 誘ってきた側に、警戒しているか、なんてのは愚考だ。

 そこは既に飛ばしているのだから、考えるだけ意味がない。


「デート……」


 あれ? 高校生が中学生とデートしていいんだっけ? いいんだよな……いいんだよね? 付き合ったらダメなんだっけ? 付き合うわけじゃないけど……、やばいな、俺もパニックになってる。普通に喋って楽しむだけならなんの制限もないのか。

 仮に相手が小学生だったとしてもお茶をするくらい…………それはなんだか絵面的にギリギリ犯罪な気もする。兄貴が妹を連れ歩いているわけではないのだから。


「お茶をするだけだし、深く考えない方がいいか……」


 意識すればするほど、沼にはまりそうだった。




 デート前日の打ち合わせを経て――当日。


 少し遠出だったが、彼女が知っている美味しい紅茶屋さんにいくため、指定された駅前で待ち合わせをしている。

 電車に揺られて四十分……、遠いはずだけど、緊張で早く感じてしまった。もう少し心の準備をさせてくれ……っ。


「ふう」


 銅像の前で待ち合わせだ。彼女からメッセージで「そろそろつきます」ときたので周りを見渡すが、同年代は見えなかった。

 近づいてくる二十代のお姉さんは別の人と待ち合わせしているだけだろう――と思えば、


「ミツルくん、昨日ぶりだね」


「え?」


 大学生……、義母さんよりは年上に見える女性が話しかけてきた。

 俺の名前を知っているということは…………ああ、マサキのお姉さんか? もしかして急遽これなく……でも、「そろそろつきます」なんてメッセージがあったし、これなくなったなら連絡があるはずだけど………………あれ?


 俺はなにか、大きな勘違いをしているのでは……?


「…………マサキ?」


「はい。宇宙和服少女のマサキですよ。まあ、誤解しますよね……」


 アバターは中学生か、高校生くらいだった……。

 でも、本人であることは確実で――

 だけど実際の見た目と差があるのは、つまり……


「『スタービューオンライン』のアバターは、更新ができないんですよ。アカウント自体を新しくしなければ、容姿は作成当時のままなんです。

 つまり十年前に私が作ったアバターを今もまだ使い続けているからこそ勘違いしてしまったんです……。なのでごめんなさい、言っていなかった私のミスですね」


 ……プレイヤーは成長するけどアバターは成長しない。

 十年前に作ったアバターを、現実のマサキは使い続けているわけで……であれば、アバターと実物に差が生まれるのは当然なのだ。

 ゲーム内で俺が接していたマサキは十年前の姿。だけど中身は、成長した今の彼女で…………大人びて見えたのはそりゃそうだという話だ。だって実際に大人なのだから。


 アバター作成当時から十年も経っていれば…………あれ、でも……。


「ゲーム初心者なんだよね……?」


「はい。アバターだけ作って放置して……最近また引っ張り出してきたので。アカウントを変えるのも面倒だったのでそのまま使おうと思ったんです……、だって実際の顔でゲームをするのって嫌じゃないですか?」


 しかもオンラインで。

 ……それは確かに、気持ちは分かるが。


『スタービューオンライン』の最大の欠陥だが、それを回避する方法があったのだ……――そう、作って放置である。

 アバターが実年齢に更新されないとすれば、過去の自分が今の自分を隠す仮面となってくれる。面影こそ残るが、現在の自分を一発で特定されることにはならない…………まあ、幼い容姿は人を集めてしまう可能性もあるけど……。


「――待てっ、俺はっ、あの見た目だから寄ったわけじゃないぞ!」


「分かってますよ。ミツルさんは純粋に、私を一プレイヤーとして見て、接してくれましたし……、下心もなかったですよね」


 そう思われると、ないわけではなかったので気まずいけれど……。


 そして今のマサキにも、完全にはないと言い切れないのだから困ったものだ。

 これが二十個以上も離れていれば、その差に下心もないわけだけど……、ギリギリ大学生くらいだと思えば、ありなのだ。


 見た目も若々しいし……というか二十代はまだ若いのだから。


「…………」

「あれ? 意外と下心があったんですか?」

「……ない。嘘、ちょっとあった」

「ふふ、そういう正直なところは好感が持てますね」


 幼い見た目で大人びた振る舞いではなく、大人が大人らしく振る舞っている……それだけだが、知った幼い彼女が急に「お姉さん」に成長したことで、こう――ぐっときている自分がいる。このギャップは、ずるいぞ……っ。


「まあ、こっちは下心しかありませんでしたけど」


「え?」


「ミツルさんは、アバター通りで、可愛い男の子ですからね」


 ……性別が反対だったら犯罪っぽいのに、綺麗なお姉さんが俺みたいな男子に言うとなると神様がくれたご褒美に感じるのだから不思議なものだ……。

 そしてそれを俺自身が受け入れ、嬉しく思っているのだから、たとえ性別が逆でも受け手側次第とも言える。

 イケメンが中学生の女の子に笑顔で手を伸ばし、それを女の子が良しとすれば、なにも問題はない……。

 外から見た人がどう思うかは別として。


「それじゃあいきましょうか、美味しい紅茶屋さん、すぐそこなんですよ」

「あ、はい……」


 マサキに――いや、もうマサキさんと呼ぶべきか? ――年下だと思っていたのに急に年上がくると、こっちは対応をどうすればいいか戸惑う……。


 なんにせよ、もう、今まで通りとはいかない。



「ミツルさん」


「はいっ!」


 マサキが手を引いてくれた。

 止まっていた足が、自然と動き出す。


「いつも通り、友達として、楽しみましょ。ゲームで繋がった気が合う友達って、ミツルさんが初めてなんです――だから、警戒しないでゲームの中みたいに接してください。

 オフ会で顔を合わせてそれでバイバイなんて、嫌ですからね」


 ……そうだ、下心があっても、まだ友達だ。

 きっかけはなんであれ、友達でいた期間は嘘ではない。

 あの楽しいゲームの中での日々が幻だったわけではないのだから。


「――マサキ」

「はいっ!」


「……自分で歩ける。だから俺についてこい!」

「はい! ……でも、いくお店、分かりませんよね?」

「あ」


「ふふ……横並びでいきましょう。

 どちらが上でも下でもありません。私たちは対等の――友達ですから」


「……そうだな」

「(まあ、今後どうなるかは分かりませんけど)」


「え?」

「なんでもないでーすっ」




 おすすめされた紅茶は、ゲーム内でよく飲んでいた彼女の味がした。




 …了

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