ニサクとイサナ~勇者不在の勇者パーティ~【後編】


 村の隣の森にやってきた。

 一日あれば全域を踏破できるので、持ってきたのは剣と食糧だけだ。

 あとは現地で採ればいい……、なので食糧には困らなかった。


 子供の頃はよくニサクと走り回っていたので、地図がなくとも道は覚えている……と思っていたけど、昔のことなのでやっぱり森も成長しているし、天候が荒れたことで変わってしまった場所もある。抜け道が増えていれば塞がってしまった道もあって――まるで入る度に姿を変えるダンジョンのようだった。


 ――困った、けど、すぐに適応して森の中を進む。

 道に迷えば高く伸びる大木を上がって、上から確認すれば迷うこともない。適度に日の光が入るので閉じ込められている感覚もないし……これまでニサクたちと旅をしてきた過酷な道のりと比べてしまえば、簡単過ぎる。意味もなく二周も三周もしてしまいそうだ。


「小型の魔物の巣……あれかな?」


 大木の根元に、小さな穴があった。


 覗いてみれば、奥の方で目が光った。

 飛び出してくると思って後退、さらに警戒をしたが、出てきたのはあたしの膝までの高さの――魔物。八本の足を持つ草食の魔物だ。

 見た目がやや歪だけど、人を食べることもないし、森の中の毒キノコや毒の強い草を食べる魔物であり……。毒性を食べてくれるのであれば、駆除する必要はないんじゃないかな……?


 頭に角を生やした白い体毛の魔物は、近くの毒キノコに舌を伸ばした。キノコを絡め取って、口の中に運ぶ……むっしゃむっしゃ、となぜかあたしをじっと見つめながら食べている……羨ましくないからね?


「…………報告だけしようか」


 駆除はしない。なんか……手を出すのはかわいそうだ。

 この子も必要だから食べているわけで……村の人が襲われていないなら、命まで奪う必要はないと思う。今後も人の命を奪うような進化をするとは思えないし、人の肉に美味しさを見出すようなタイプでもないと思う。

 というか歯、ないでしょ。口に入れたキノコも噛むのではなく、上下の平らな骨で潰して唾液で溶かしているみたいだし……脅威はないと見るべきだ。


「邪魔しちゃったね。大丈夫、あたしはもう帰るから」


 剣を鞘に収める。魔物はあたしの剣がしまわれたことを見届け、巣となっている穴へ帰ろうと振り返り――――食べられた。


 え?


 ――真上から落ちてきたのは、巨大な蛇だった。


 風景に溶け込んでいたその魔物は、やがて背景の色を水で洗い流したように姿を見せる――潤滑油をまとった輝く体が、森の奥へ伸びていた。


 ごくり、と獲物を飲み込んだ蛇が見たのは、あたしだ。


 瞳はない。目ではなく、音とか体温を見て位置を感じている……?


「ッッ」


 ――飛び込んできた! あたしは跳躍し、大木の上の枝へ。

 魔物よりも高い場所だけど、ここまで飛び上がってこれない……ってわけじゃない!


「きた!」


 爆発するように飛びかかってきた魔物を躱す。上にきたなら次は下へ。着地してすぐに横へずれようとしたら、足が滑った――つるっ、と体勢を立て直すこともできない。


 ――滴っていた潤滑油がここで!?


 倒れたあたしを見て魔物が落ちてくる。

 近くで落下したことによって生まれた衝撃が、大きな面としてあたしを叩いた。


 両足が地面から離れ、飛ばされたあたしは大木に背中を打ち付ける。

 その時に、剣も手離してしまった……しまった……武器が……ッッ。


「……なんで、こんなところ、に……大きな魔物が……っ」


 田舎の村の近くに出ていい魔物じゃない。

 大自然を求めてやってきた、と考える人もいるだろうけど、王都周りの方が資源が潤沢で、多くの魔物が好む獲物がたくさんいる。

 こんな田舎にやってきても、土地はあるけど餌はそう多くはない……。質は良いかもしれないけど、魔物の好みかと言えば違う気がするし……なぜ、こんなところに……。


 ――追いやられて?


 選ばれた二十人の勇者の侵攻から逃げてきた魔物が、こんな田舎までやってきたのだとすれば、納得はできる。

 誰かが取り逃がした魔物が、誰にも見つからずにここまでやってきて――……雑な仕事をする勇者がいたのね。


 森の大木がばたばたと倒れていく。……魔物が移動したことで森が耐えられなかったのだ。

 魔物の大きさに合った森ではない。ここを住処とするには、この魔物は大き過ぎる……。


「……ここで駆除しないと、次は村まで餌食に――」



『足手まといはいらないから』


『イサナ。君はとっても――弱いね』



「っ!!」


 ニサクの言葉。冷たい視線。……あたしは、弱い……けど。

 ――大蛇が飛びかかってきた。


 あたしは剣を拾い、握り締め、その一撃に対応するため身構える。


 ……弱いことは自覚している……だけど!!


 こんな弱い自分でも、故郷を守るためなら、戦える――逃げなければ勝機はあるんだ!!




 衝突の瞬間、あたしは見た。

 時間が止まったみたいに。

 その空間で、あたしだけが動けた。


 飛びかかってくる大蛇の体を、細切れにする――剣は一度も引っかからなかった。

 

 鮮血が舞う。


 あたしはその一滴も、浴びてはいなかった。





「…………お母さん、ただいま」

「……森で、なにかあったでしょ」

「うん……大蛇の魔物がいて……」


 あの時の感覚はまだ残っている。大蛇が弱かったわけではないと思う。だからって、勇者に同行していただけのあたしが、あんな風に大蛇に勝てるほど強くなっていたとは思えないし……それとも、ニサクとの旅は、気づかない内にあたしを強くしてくれていたってこと?


 ……でもここまで強いなら……ニサクはどうしてあたしを――。


「って、ニサクたちはもっと強くなってるってことだから……あたしが弱いのは変わらないか……」


「建前ね」

「え?」


「これ、ニサクから届いていたわよ……手紙」


 白い封筒だった。


「きっと、出したのはもっと前なのでしょう。この村まで届くのに長い日数がかかるからね……あなたをクビにしてすぐに書いて出したんじゃないかしら」


「……やっぱり戻ってきて、とか……?」


「さあ? 逆なんじゃない?」


 え、二度と戻ってくるな!?

 ……わざわざ手紙でそれだけを伝えて……いや、鬼でしょ。


「さすがにニサクもそんなことはしないんじゃ……」


「早く読みなさいよ。その間、私は外に出ているわ――それと……これ、今朝の新聞。情報は昨日のだけど……」


「うん……置いておいて、後で見るから」

「そう」


 言って、お母さんは家の外に出た。……気を遣ってくれたのか。


 幼馴染からの手紙を読むだけなんだけどな……。




 手紙を開く。


 前置きはまったくなかった。すぐに本題に入るところは彼らしい。


『イサナ。勇者の侵攻でナワバリを追いやられた大きな魔物が、俺たちの故郷に移動している可能性がある。もしも存在が確認できたら君が討伐してくれ――君なら充分に戦える相手だろう』



「あたし、足手まといでクビになったのに……?」



『君は弱い、と言ったけど……そんなことはない。だって俺たちと一緒に旅をしてきたんだ、豊富な経験もある、たくさんの場数も踏んでいる、過酷な道も一緒に乗り切った。手柄こそ立てていなかったけど、それは君が俺たちに譲ってくれたからだ。仲間の誰もが君の貢献を理解しているし、誰もが君の力を認めている。もしかしたら、俺たちの誰よりも、君が一番強いのかもしれないね――この手紙が届いた頃にはどうなっているかは分からないけど』


「…………じゃあ、やっぱり……なんでクビに――」


 まるで、あたしの返答を予想していたみたいに。


『俺は反対だった……君を連れていくことを。君がどれだけ強くなろうと、壊れ始めている世界の救世主となる存在へ近づこうと、俺は反対だった。

 どうして君が戦うんだ? どうしてイサナが命を懸けて世界を守らなければいけないんだ!? どうして――を、俺が守れないんだ!?

 ……まあ、そういう気持ちが高まった結果、俺のわがままで君を故郷に帰すことにしたんだ。心無い言葉を言ってごめん。みんなにも付き合ってもらって、悪者になってもらったんだ。イサナは弱い、才能がない、だから足手まといになる――そんな嘘をついてね』


「…………」


『イサナの存在は助けになっていた。イサナがいるから頑張れる、イサナがいるから立ち上がれる――イサナがいるから…………世界を救おうと思える。

 救った後の平和な世界でイサナと一緒にいられるなら、俺はどんな脅威にも立ち向かえる……。傍に君がいることで助かる部分もあったけど、嫌なこともあったんだ。

 傷つかないでほしい、苦しまないでほしい――君の不安な顔は見たくないし、誰かを失う悲しさで涙を流してほしくないから……だからイサナはもう、いいんだ。

 俺の帰りを、そこで待っていてほしいんだ……一緒に過ごした、その村で』


 手紙は、次で最後だった。


『強いからって、矢面に立つ必要はない。強くても守られているお姫様だって、いてもいいじゃないか。そして俺は、好きな子を自分の手で守れる勇者になりたかった――。

 ……ごめん、イサナ。これから「最難関」と呼ばれる迷宮に挑戦するんだ……だから、戻ってこれるか分からない。この手紙を書こうと思ったのは、「もしもの最後」を強く意識したからなんだ…………気持ちは伝えた。

 俺を恨んでも構わない。恨まれることをしたと思ってる……だから、いいんだよ。――待っていてくれ。好き勝手にわがままを言った俺をぶん殴ってもいいから……、世界を救った後で、また会おう――【ニサクより】』


 これで全部だった。


 ニサクは、あたしを…………。


「ッ、新聞!!」


 今朝の新聞――内容は昨日のものだけど、そこに書かれていたのはひとつのニュースだ。


 そこにはこう書かれていた。



『選ばれし二十人の勇者のひとり――勇者ニサク、死亡』



 最難関ダンジョンと呼ばれる地下迷宮に潜ったニサクパーティは壊滅。三人の遺体が低階層で発見されたらしい。

 ただ、彼らの傷は最深部でなければ棲息していない魔物につけられたもので、恐らくは最深部で死亡し、低階層まで戻され、捨てられた可能性が高いという……。


 可能性。


 でも、死亡は確認されている。

 生きている可能性は、もうないのだ……。


「…………」



「イサナ」

「……お母さん。……ニサクが、さ……」


「ええ。分かっているから」


 お母さんはあたしを慰めるために抱きしめようとしてくれたけど、あたしはそれを拒絶し、家の外に出た。

 ――あ、荷物を忘れた。剣も、食糧も、なにもかも――でも、それでもいいのだと思えた。

 だってあたしが持っていくべきは、意志のひとつだけだから。


「イサナ! どこにいくの!?」


「ニサクは死んだ。けど、その意志はまだ死んでない。二十人の中のひとりとして選ばれた勇者ニサクが死んだことで、穴が空いたでしょ……そこを、あたしが埋める。

 欠けたところで意味なんてないかもしれないけど……埋めたところで変わらないかもしれないけど……既に穴埋め要員がニサクの位置に立っているかもしれないけど――――でも!!」


 でも。


 それでも――だけど!!


「居ても立っても居られない」


「……あなたがいって、どうなるの?」

「どうにもならないかもしれない」

「じゃあ――」


「なにもしなかったことで後悔したくない。どうせ後悔するなら――いってくる」



 ニサクのこの『炎』を、このまま消えさせるのだけは……それだけは、彼への裏切り行為だ。


 見捨てない――絶対に。


 あなたが認めた『強さ』を持つあたしが、あなたの役目を継ぐ。



「勇者不在の勇者パーティのひとりが、世界を救ってもいいでしょ?」





 …了

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