ニサクとイサナ~勇者不在の勇者パーティ~【前編】


「あら、帰ってきたのかい?」

「…………はい。クビになっちゃいました、あたし――」


 ただいま、と言うつもりだった。明るく笑顔で。

 彼に『いらない』と捨てられたことはあたしの実力不足なのだから、また力をつけて戻ればいいんだから気にしてないよ、って――言いたかったのに。


 お母さんの顔を見ると涙が溢れてくる。ぴんと張っていた糸がぶちっと切れて、これまでの旅の思い出があたしの視界を横切っていく。

 楽しいことばかりではなかったけど、つらいこともたくさんあったけど、ああ、「あそこ」はあたしの居場所だったんだなって、痛感して――だから。



『イサナ。弱い君はもういらない。田舎に帰った方がいいよ』


『え……』


『足手まといがいると迷惑なんだ』



「――……イサナ? どうしたの? そんなに旅がつらかったの?」

「え、……」


 しばらくぶりに見たお母さんは、年齢以上に老いて見えた。あれ……、さっきまで、あたしがよく知るお母さんだったのに……まるで、時間が飛んだみたいに――。


「やっとこっち見た」

「お母さん……」


「過去ばかりを見たって過ぎた時間は戻ってこないわよ。それよりも今は、前を向いて人生の残りを謳歌することを考えなさいな。彼に捨てられたなら仕方ないわ……人は変わる。私だって幼馴染のあの子が小さい頃のまま今も変わらないでいるなんて思っていないんだから」


「……うん」


「旅をして変わってしまった。それが良いか悪いかは置いておくけどね。……彼は彼の道を進んだだけよ。イサナは捨てられたと言うけど、あの子の人選から漏れただけじゃないの? あなたも、『幼馴染だから』って理由で、他の人を押しのけて無理に連れられても嫌でしょう? だから、お互いのためだったと思うわよ?」


 それは、あたしよりも人生経験が豊富な先人の貴重な意見だと思う……お母さんは旅なんてしていないだろうけど、他人に選ばれなかった経験くらいはあるだろうから。


 捨てられたことがあるのは知っている。


 ……そう考えるとあたしは、お母さんの子なんだなって――思った。


「手伝って」

「えぇ……、帰ってきて早々に?」

「一息ついたら食事を作ってあげる。その後でいいから――力仕事が溜まっているのよ」


 男性に任せればいいと思うけど……って、そんなことは思いついているか。今、この村には若い男性がいなくて……いた男性も老いてしまった。力仕事を任せられないくらいに……。


 そこで、ちょうど帰ってきたあたしを使うことにしたのだ……いいけど。力不足と言われたあたしでも、魔物を倒したことがある。

 単独で……はないけど、でも、普通の男の人よりは強いし、力もある方だと自覚している。


 仕方ないなあ、と、必要とされたことに照れながら、あたしは久しぶりに実家に上がった。


 ……他に人がいないからって理由だけど、頼られたことが嬉しかったのだ。




 久しぶりに村に帰ってきたことで、小さな頃からあたしを知る人たちからたくさん声をかけてもらった。気を遣って帰省の理由は聞いてこなかったけど、お母さんのことだから事前に口止めをしてくれていたのかもしれない。

 ……すごく気を遣われてるなあ。

 逆に、そういう配慮が傷つくこともあるんだけど……。


「村を見てきたけど……子供が少ないね」

「いるわよ?」

「いるけど……赤ん坊でしょ。外で元気に走り回って遊ぶ子がいないなって」


「空白の世代よ。……あなたとニサクが結婚してくれれば、今頃は外で走り回る孫が見られたのにねえ……」


「…………それ、死体蹴りよ」

「あらごめんね」


 収穫した野菜の状態を確かめる。王都に流れていくものだ。なんにもないような田舎の村だけど、気候や地形のおかげで美味しい作物が育つ地域だ。

 王都やその周辺にはない特別感であり――それがこの野菜たちの味を高めている。王都からの支援のおかげで、この村もなんとかやっていけているのだった。


「あのさ……村で、困ったことはない?」

「子供が少ないわね」

「産めと?」


「旅をしていたなら、ニサク以外で、言い寄ってきた人とかいないの? あなた、顔は良いんだから寄ってきた人くらいいるでしょ……」

「それが……」


 視線は感じていたけど、あたしに声をかけてくる男性はいなかった……。なぜか同行していた魔法使いの少女には声が多くかかっていたのに……――やっぱり私よりも若いから!? 成人済みと未成年だと、男は未成年がいいわけ……?


 成人済みってもうおばあちゃんなのかなあ……。


「……あたしは年寄りだから言い寄られなかったけど」


「あなたでそうなら私はどうなるの? 生きたしゃれこうべかしら?」


 ……圧が凄い。

 洒落のはずなのに、お母さんの本気の怒りがそこにあった。


「ま、未成年が魅力的に映るのはそうかもねえ……ただ、狙っている男は大人しかいないわ。『未成年』に魅力を感じるのは『成人済み』だけだから。あなただって昔、ニサクのことを想っている時、『未成年』とは感じなかったでしょう?」


「それは……だってその時はあたしも未成年だったわけだし……」

「そういうことよ」

「どういうことよ……」


「未成年を狙う大人の男はクズだから、相手にしなくていいわ……それだけ」


 なるほど……結論だけは分かった気がする。


 そう言えばニサクは、魔法使いの子に手を出してはいなかったな……当然だけど。あたしに隠れて関係を進めていたって可能性もなくはないけど、あの子の懐き具合から、そういう関係ではなかった気がする……。ニサクはちゃんと同世代 (もしくは年上)が好きなのだろうなあ。


 ……あたしには一切、好意を向けてはくれなかったけど。


 ずっと傍にい続けたことで、恋愛感情なんてすっ飛ばしてしまったのかもしれない。だからと言って、あたしとニサクが家族同然の距離感と言えば違うわけで……。


 実際、あたしはこうして追い返されたわけだ――故郷に。

 足手まといはいらない、と言われて……。


「……はぁ」

「足手まといねえ……ニサクはそう言ったのね?」


「うん。あたし、弱いから……みんなの足を引っ張っていたのは事実だし……」


 今頃、ニサクたちは選ばれた二十人の勇者たちと共に、世界各地の『異変』を解決しているのだろう。みんなの勇姿は新聞で知ることができるけど、こんな田舎だと今日の新聞が明日に届く。すぐに知ることができないのは困ったものだった。


「…………」


「お母さん? どうしたの、黙っちゃって」


 いつもはうるさいのに。口を塞いでも喋り続けるお喋りモンスターだ。


 それが黙るなんて……、老いなのか病気なのか……心配だ。


「(あの子も言葉足らずよね……)」

「ん?」


「なんでもないわよ。そうだ、明日は暇?」

「死ぬまで暇だけど」

「死ぬほど暇って言いなさい。じゃあ明日――近くの森までおつかいにいってくれる?」


「…………楽そうな仕事じゃないね」


「楽な仕事なんてないわよ。大変な仕事に慣れているかどうかよ……大変ってほどでもないと思うわよ? 小型の魔物が巣を作っているかもしれないから、見てきてくれる? できれば駆除もしてくれるとありがたいけど……」


「うん、分かった。……あまりにも強い魔物だったら諦めて逃げるけど……いいよね?」


「当然よ。……あなたが苦戦するような強敵なんていないと思うけどねえ……あなただって、勇者と共に行動して鍛え抜かれた『聖戦士』でしょう?」


「昔はね」

「体が覚えていれば、負けることはないんじゃない?」




 …続

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