令和の暴力系ヒロインです!


「ん? おーい等々力とどろき、これ、お前のスマホか?」


「違いますよー。わたしは肌身離さず持っていますし。……たぶん会長じゃないですか? あの人、女子高生のくせにスマホ知識がまったくない前時代の人ですからねー」


 Z世代ではなくシルバー世代ですね、なんて軽口を飛ばす後輩であった。それは言い過ぎだと思うけど……、スマホが使えなかったくらいで十代なのにお年寄り扱いはどうかと思うぞ。

 スマホに疎い若者がいたっていいじゃないか……他にもいると思うし……いる、よな……?


 さすがに電子決済くらいは知ってそうだ。


「そうですか? 会長の財布はいつもぱんぱんですけど、あれってたんまりと硬貨を溜め込んでいるからですよね? つまり現金で払っているということです。電子決済の存在も知らないんじゃないですか?」


 それはないだろう。買い物をすれば嫌でも目にする無人レジ……電子決済のやり方が分からなくとも、存在は知っているはずだ――たぶん。きっと、知っておいてほしいなあ……。


「まあ知らなくても死ぬわけじゃないし、いいんじゃないか? スマホを見てばかりで前を見ない学生が多い中で、前だけ見て目線を落とさない会長は、だからこそ視野が広い生徒会長になれたのかもしれないし……」


 なるべくしてなったのかもしれないな。


「でも、視野が広くても知識の幅は狭い……」


「なんでもかんでも文句をつけるなって。お前はネットに染まり過ぎて既に悪質なネット民になってるぞ。それはネットの中でやれ。現実に持ち出すな」


「ついつい、でした。そういう先輩もネット民ですよね? 知らなければ指摘できませんし」

「俺は分別つけてるからな?」


 悪質なのはネットの中だけでいい。現実で悪質な鬱憤晴らしをするよりマシだ。ネットの中でストレス発散が完結するなら現実で犯罪を犯す心配もない……それでも世界で犯罪が多いのはネットでは遠慮をしている人が多いからか?

 遠慮をして捕まっていたら、遠慮の意味がなさそうだけどな――。

 無駄な配慮だ。


「それで、会長は?」


「他の部から部費について注文がありまして。その人たちと交渉をしていると思いますよ? あの人、すぐに手が出るから、相手に悪い印象を与えて『暴力を理由』に搾り取られなければいいですけどね……、どうにかなりませんか? 今時流行りませんよ、暴力系女子なんて」


「個性だから治しようがないんじゃないか? すぐに手が出ると言っても、理由なく人を叩く人じゃないし……」


「スマホが使えない前時代の人ですから、属性も昔のまま…………あ、でもスマホが使えていたらネットの中で誰かを叩いていたのかもしれませんね」


「それならいいじゃないか。そこで完結しているなら誰も傷つかないし」


 叩き方にもよるけど、言われた方は傷がついているかもしれない……けど、傷つくということは的を射ているから、とも言える。

 ……芯を食ったものは反省するべきだとは思うが、心構えがないところで不意に芯を食った一撃を喰らえばやはり傷は深くなるか……。事前予告もできないし、こういうのって、意外と勢いで言ってしまった方が傷が浅かったりする。

 理屈で詰めて、冷徹に責められる方が傷つく場合もあるし……難しいところだ。


 だからネットの声なんて気にするな、としか言えないけど……それも無理な話か。


 気にしないことで気にしてしまっているとも言える。もういっそのこと、スマホなんて見ないで、ネットから隔離してしまえばどうだろう……あ、それが今の会長なのか?


「……ま、偶然か」


「その会長のスマホ、どーするんですか? 返しにいきます? 会長に連絡を――って、スマホはそこにあるんでしたね……」


「お前バカだろ」

「あっ、ネットだったら傷ついていましたよ? でも今のは先輩が笑いながら言ってくれたので良しとします。可愛がられてる感じもしましたし……いいですね、今の言い方」


「薄ら笑いだけどいいの?」

「バカにしてるんですか!?」

「『お前バカだろ』って言ったじゃん!」


 ぱしゃ、と、等々力がスマホで俺を撮影する……やめろ、お前にそれを持たせるのは怖過ぎる!


「これでスレ立ててやりますよ……写真付きです!」


「ふざけんな! なにを加工なしでネットの海に個人情報を放流しようとしてやがんだっ、許すわけねえだろ!!」


「大丈夫ですよ、ちゃんとモザイクを入れますから……この生徒会室だとばれたらまずいですからね……」


「背景をぼかすの!? 俺をぼかせよ! なに『より』際立たせようとしてんだ!!」


「じゃあ写真全体をぼかしますか?」

「じゃなくてそもそもスレを立てるな!!」


 なぜか不満顔の後輩が取り消してくれた……いや、しないのが当然だからな?

 これを感謝しだしたら――……こいつが調子に乗るだけだ。


「ったく……あ」

「どうしました?」

「会長のスマホ……ロックかけてない……」


 俺と後輩、ドン引きである……。今時、スマホにロックをかけていない女子高生がいるのか? スマホ初心者でも……機械が苦手そうなおじいちゃんおばあちゃんでもそれくらいはしそうだぞ? パスコードは誕生日だったり初期設定のままだったり穴は多いけどな。


「ロックをかけないのは意図的でないと無理だと思いますけどね……つまり会長は見られたい?」


「いや、違うだろ。見られても困るようなものは入っていないってことじゃないか?」

「でも、連絡先とか……」


「会長からすれば、名簿に載っている情報は既に世界に放流されているものと考え、だから一度でも人の目に触れた情報は既に全世界に出回っている、と考えているのかも……。周知されている情報を隠してもしょうがないでしょ? みたいな?」


「だとしてもロックかけてくださいよ……わたしの番号だって登録してますよね?」

「SNSのアカウントもな」

「危機管理!!」


 一度、会長にきちんと指導した方がいいかもしれないな……。

 ところで、色々といじっている内に見てしまったのだが……アルバム。


 カメラで撮影した写真がアルバムにまとめられているのだけど……うーむ……これはどういうことなのだろう……。


「先輩?」


「会長は俺ばかり撮影して、どういうつもりなんだろ……。生徒会用のアルバムを作るつもりだとしても、等々力とか先生とかも混ぜるべきなのに……。カメラ目線でない俺の仕事中の横顔を撮影して、たくさん溜め込んでさ……どういうことだと思う?」


「……先輩」

「なんだよ」


「鈍感なフリをして現実から目を逸らさないでください……分かってますよね?」

「…………」

「これ、つまり会長は――」


 その時、生徒会室の扉が勢いよく開き、


「――ただいま! 各部活の部費の件、きちんと解決して……きた……よ……?」


 会長は俺の手にある自分のスマホを見つけ。

 俺たちがなにを覗いていたのか一瞬で理解し。

 甲高い悲鳴を上げながらまずしたのは、俺の顔面を、全力で殴ることだった。


「がふぁ!?」


 ごき、と首から嫌な音が鳴った。

 バランスを崩し、回転しながら俺は――――、そこで意識は途切れている。


 全身に痛みがあったのはかろうじて覚えているので、教室のあちこちに体をぶつけながら、俺は転がり、意識を飛ばしたのだろう。




「――なに勝手に人のスマホを見てるのよこのバカぁ!!」

「……会長」


「確かにロックはかけてなかったけど……だから私も悪いけど、人のスマホを勝手に見るのはマナーとして……」


「会長!!」


 びく、と震える生徒会長は、後輩の怒鳴り声を初めて聞いた。人を殴るのは初めてではないけれど、怒られたのは初めてだった――怒るつもりが、逆に怒られたことで、生徒会長の矛はゆっくりと下げられ、後輩の次の言葉を待つことしかできなくなっている。


「どうしたの、等々力ちゃん……?」

「先輩を、見てください……」

「え……、――え?」


 倒れる副会長。


 スマホに溜めていた『彼』の写真を本人に見られたことで恥ずかしさが一気に頂点になり、加減もできずに彼を殴り飛ばしてしまった……。

 すぐに手が出る彼女は昔から格闘技を習っており、そんな彼女が加減をしなければ殴られた側はひとたまりもない。

 受け身も取れず、鋭い一撃がもろに顎へ入ったのだ。

 勢いそのまま意識が落ちて、命を落としてもおかしくはない……。


「あの、大丈夫……?」


 後輩が確認する。

 ……彼女は小さく、首を左右に振った。


「……死んでますよ」

「そんわけないでしょ」


「いえ……マジですけど。……どうします、会長。隠蔽するなら手伝いますけど……ちょうど、今この部屋にはわたしと会長だけです。わたしたちがなにも言わなければ、先輩の死を隠せます。いえ、隠せると言っても限度がありますけど……。

 会長が先輩を『殺してしまった事実』を隠蔽することは、そう難しいことではないと思います。死因を横へ逸らせる手がかりをわざと作れば、『先輩が事故で死んで』しまった、と事実を書き換えることもできますから……」


「…………なにを言っているの……?」

「隠蔽するかどうか。それだけを聞いているんです……っ、会長!!」


「死んでるわけない!! こんなの悪質なドッキリで――」

「会長の拳を喰らった人が、生きていられると思いますか……?」


 自分の拳に自信があった会長は、そこで否定することができなかった。

 本気で殴り、それが顎に当たった……、脳を揺らす一撃だ。外傷はほとんどないが、それでも内部を破壊する一撃が一発でも入れば、それで人間を壊すことは可能だ……つまり。


 副会長が死んでいても、おかしくはなかったのだ。


「あ、あ……あぁっっ!!」


 頭を抱えて膝を落とす会長は、その目で今、なにを見ているのか――隠蔽か、白状か。


 彼女は、自首をするのか。


「会長……選択を」


 しばらく黙ったままだった会長は、やがて顔を上げた。

 そして、答えを出す。


「……自首するわ」

「そうですか」


「……愛した人を殺した女として捕まるわ……別の誰かを殺して収容されるよりはマシよ」


「……そういう考えなんですね……」


 賛同はできなかったけど……等々力は責めたりしなかった。

 もしもたったひとりだけ、この手で殺さなければいけない時……誰を指名する? そんな質問をされたら、やっぱり等々力も『愛した人』、と答えるかもしれない……。

『自分』と答えるかもしれないけど、その手が封じられていれば、やっぱり……――会長と同じ答えだっただろうか。


「分かりました――――だそうですって、先輩?」


 むくり、と起き上がったのは…………


 死体となったはずの――副会長だった。


「……え?」


「いや、死んでるわけないでしょ。あと、死んでいたらもっとパニックになっていますから。こんな風に落ち着いて『隠蔽しますか?』なんて聞けませんって。

 わたしが冷静でいる時点で気づいてくださいよ、会長――って、もう動いちゃいましたか」



「――あのねえっ、なんて悪質なドッキリを仕掛けてんのよこのバカ!!」


「かい、ちょっ、ちょっ、っと、待っ――馬乗りで殴り続けるのはッ、マジで死ぬ!!」



「あー……会長、次こそ本当に先輩が死んぢゃいますから、加減してくださいよー?」


「反省するまで、このまま生き地獄を見せてあげるわ」


「じゃあもう殺してくださいよぉ!!」



 ぎしぎしと揺れる生徒会室は、今日も平常運転だった。




 …了

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