暗号でGO!
「ひとつ提案があるの。車内で喋るのはやめましょう」
吊革を掴んで会話する、二人の女子高生がいた。
その話し合いを車内でするべきではないはずだけど……、なんて思ったけど、口を挟むべきではない。こっちが不審者扱いされるだけだ。
「え、うるさかった? あたし、声が大きいって自覚がなかったかも……」
「それもあるけど。喋れば喋るほど、個人情報が垂れ流されていると思うわけよ。自宅の周辺の地理なんか当然、授業の進み方ひとつでも、聞いている人がわたしたちのことを特定するかもしれない――みんな、そんな暇じゃないと思うけど、それが片手間でもできちゃう人がいるのがこの世の中だもん。世界は広いから……数人くらい、いると思うの。いないと決めつけて個人情報を垂れ流すより、いると思って情報漏洩を防ぐ方がいいと思わない?」
その言い方をされれば、友達の女の子は頷くしかないのではないか。
彼女の危惧は、言われてみれば確かに、と納得してしまう説得力があった。スマホに目を落としていながらも、すぐ傍で聞こえてくる会話に、耳を傾けていなくとも、不意に聞こえてしまうことは多々ある。
最近の流行りのアニメ、スマホゲーム、さらに言えば学校のこと――「誰と誰が付き合ってる」なんてことまで耳に入ってくる。
断片だけ聞いても分からないけど、長時間、車内で一緒になれば、一部始終を聞くことになり、それで知る個人情報もあるわけだ。
そして、電車を利用する人はたくさんいる。その中のひとりでも、彼女たちの会話に耳を傾けていれば、個人情報はそこから周囲へ伝播していく。
ちょっとした日常会話から抜き取れる個人の情報はたくさんあるのだから……迂闊に車内で話すべきではない、というのは賛成だ。
だが、小声で話したとしても聞こえてしまうのが車内だ。車内では喋らない、というのがシンプルで効果的だけど、女子高生二人には無理な提案だろう……、隣にいながらスマホでメッセージのやり取りでもすればいいのに……と思ったけど、文字を打つ時間がもどかしいか?
でも、それで守れる情報があるならするべきだろうけど……。
「うーん、……理屈は分かったけど、じゃあどうするの?
喋らないでおく? あたしはいいけど――」
「わたしがやだ」
「じゃあどうするのよ……」
黙るべきだけど……提案した方が嫌がっていた。
長く滞在する車内でずっと黙っているのはきついのだろう。
ひとりならまだしも、誰かいるなら喋っていたい年頃だと思うし……無理もないか。
「じゃあこうしよう――」
その先が気になったものの、彼女たちの解決策を聞くよりも先に、自分が降りる駅だ。後ろ髪を引かれるが、仕事に遅れてしまうのでここはがまんして降りる……、彼女たちと次にいつ再会できるか分からないが、今日の問題をどう解決しているのか、結果を見るのが少し楽しみだ。
そして、翌日。
早速、車内で再会できた女子高生二人組は、座席に座る私の目の前で吊革に掴まって隣り合って話している……結局、お喋りはするようだ。メッセージではなく、直接、声で――
ただし、問題解決のために、ちゃんと手は打ってきている。
「ふもふももふふ、ふもももふ、もふふ」
「ふもも、もふふふもふもふ、ふもふ」
「ふもも」
「ももふ、ふもも、ふも、ふももも」
「もふー」
「もふもふ、もーふー、もーふー」
「ふふ」
「ふも!」
「もふもふふ、ふふもふもも」
「ふふも?」
「ふも」
「ふもも!?」
「ふもー」
「もふふ」
――と。
女子高生二人の会話には度肝を抜かれた……、まさか彼女たちは、独自の言語を作り、そのルールに則って会話をしている……?
確かにこれなら、聞かれても問題はないけれど……逆に注目を集めてしまっているのではないか? 会話をしている女子高生に、車内にいる乗客の、本当に全員が、視線を向けている。
……確かに聞いても分からないけど……それが独自の言語として成立し、ルールがあるのだとすれば……、中にはそれを解読して聞き耳を立てる奴もいる。
今は無理でも、回数を重ねれば。
法則を見つけることは、そう難しいことではないのだから。
「ねえねえ。車内で使った暗号なんだけどさ……」
「ん?」
「あれ、意味ないでしょ。変な目で見られただけなんじゃ……」
「でも、乗客の中に必死になってわたしたちの会話のシステムを理解しようとしている人がいたと思うよ。たとえば録音をしていた目の前の男の人とかね」
「え……」
「いるのよ、そういう人が。でも意味のない言葉の羅列だし、あの人が必死になって暗号を解読しようとしたところで、正解には辿り着けない。だって、正解なんてないもん。テキトーにもふもふ言っていただけだしー」
「……あたしはなんとなく、ニュアンスで答えていたけど……」
「なんて言ってたと思うの?」
「『放課後にクレープ屋さんにいきたいんだけど、どこのお店にいく?』――みたいなことを言ってたんじゃないの?」
「いや、全然違うから」
…了
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