暴走ヒーローズ


「助けてくださいッ!!」


 お腹が大きな妊婦だった。

 彼女が助けを求めたのは、背中から無数の触手を生やし、それを地面に引きずっている少女の姿をした化物だ――…………怪人。

 その存在は町を襲い、民衆を恐怖のどん底へ突き落とす『敵』である。


 なのに、その妊婦は縋るように触手を鷲掴みにしていた。いかないで、と。

 触手の粘液によって手のひらが火傷をしたように酷く荒れてしまっても構わずに。


「お腹の中に子供がいるんです……っ、子供だけでも……助けてっっ!!」


「いや、アンタも助けないとコドモも死ぬだろうがさあ……」


 怪人・オクトは、苦虫を嚙み潰したような表情で……。

 だけど妊婦を振り払うこともできなかった。


 母親と子供がどうなろうと知ったことではないが、しかし、この状況で怪人が『そっち側』へ回ってしまえば、それはフェアではない……、ただの理不尽だ。


 怪人が町や民衆を襲うのは既に理不尽だと思われるだろうが、その点は、救済があるのだ。……ヒーローが必ずやってくる。


 時間差はあるかもしれないし、救えない人もいるかもしれない……だけど、間に合わなかったとしてもヒーローは必ずやってきて怪人と向き合う。


 勝敗どうあれ、ヒーローは民衆の味方であり、その絶対の存在がいるからこそ、怪人は民衆を襲うことができるのだ。


 その均衡が崩れてしまえば、民衆を襲う怪人は、理不尽な災害になる。


 人類では太刀打ちできない災害になってしまうのは望むところではなかった。誰にも負けない絶対の強者は、さらにそれ以上の理不尽で消滅させられる……、弱肉強食とはそういうものだ。


 生きるためにも、バランスは必須である。


 シーソーゲームは片方に偏ってはいけない。


「……ったく、なんでヒーローは急にご乱心になったんだかさあ……」


 町中を、大きな瓦礫が舞っている。

 まるで中身のない軽いボールを放り投げるように、ビルの瓦礫が飛び交っていた。


 中身を抜いたのではなくしっかりと詰まった瓦礫そのものだが、ヒーローの腕力で投げ飛ばしているだけだ。

 怪人ならともかく、ただの瓦礫でも、落ちてくれば命を奪う脅威となる。たとえ小石程度の大きさでも、ヒーローの腕力で投げつけられれば、銃弾と変わらない。

 銃声がない分、拳銃よりも脅威としては上だろうか。


「助、けて……っ」


「あーはいはい。待ってなよ……助ける、とは言わないけどさあ……説得くらいは試してみるからさあ――」


 触手を使い、妊婦を安全な場所へ――……とは言い切れないが、天井のない外よりはマシだろう。だが、地下へ隠しても地面が崩れてしまえば危険だが……。


 そんなことを言い出したらどこも危険だった。……本来ならヒーローが安全を確保し、民衆を守るはずなのだが……、なぜか全員がボイコット中である。


 誰も民衆を守ろうとしない。


 無視……どころではない。


 ヒーローが、民衆じゃくしゃを襲っている。


 これではどっちが怪人だか分かったものではないが……いや、どちらも怪人なのか。

 立場は同じだ。

 ただ、怪人・オクトの行動が、まるでヒーローのように見えているだけだ。


 今だけ……のつもりだけど。


 半壊しているビルの外壁を触手で上がっていく。

 屋上にいたのはひとりのヒーローだ。

 人間に寄せた、赤い機械の体のような見た目だ。もちろんコスチュームであり、中身は人間である。人造人間タイプのヒーローなのだろう。


 並外れた腕力や脚力は、コスチュームではなく彼自身の鍛え上げた力の賜物だ。だからコスチュームで浮き上がらせた、見かけ倒しの筋肉ではなく、本物の彼の肉体である……。


 そのヒーローは、背後に迫る怪人オクトに気づいても、今までのように襲い掛かってはこなかった。意識はしても、視線は屋上から下……動く景色を見下ろしている……。

 半壊した町と、他のヒーローに襲われている、守るべき対象である民衆を――。


「アンタ、なにしてんのさ……」

「怪人か」


「町と民衆を守るのがアンタらヒーローなのにさあ……、これじゃあ立場が逆転してしまう――自然界の絶対の掟で、勢力図は拮抗させなければいけない……。そうでなければ、突出した組織は対抗できない理不尽で消滅させられる……。分かってるよねえ?」


「分かってるさ」


 分かっている。

 ヒーローはそう繰り返した。


 だが実際問題、ヒーローは町を襲い、民衆を傷つけている。そこに怪人も加わってしまえば、一方からの脅威に対抗する勢力がいなくなり、大災害並みの理不尽が両者を襲うだろう。

 だから必然、怪人が民衆を守らなければならない。


 各地で続々と、怪人が民衆を守るために立ち上がっている。

 ヒーローの魔の手から弱い者を守る怪人……、おかしな構図だった。


 化物が人を助けている……、多様性を言うなら、人を助ける化物がいてもいいのだろうけど……やはり、長年のイメージは簡単には拭えない。


「なあ怪人……本当に理不尽がやってくると思うか?」


「そりゃ……――」


 機械の仮面かおだが、まるで仮面の形が変わったみたいに、ヒーローが笑っていた。


 笑み、というよりは、未知を示す不敵さがあった。


「どうしてヒーローが、こうして暴走していると思う? 理由がなければさすがにこんなことはしないさ……。一応、人を助けて給料を貰っていた立場だ。飽きたから辞める、と言って引退をすることも、簡単にはできなくなっている……それなりに経済効果もあるからな」


 ヒーローも人気商売だ。


 仮面の下の顔は明かされていないが、仮面を被ったそのキャラクターは周知されている。支援をしてくれている企業がいれば、応援し、投げ銭をくれるファンもいる……。理由もなく味方を裏切るような行動はできないのだ。……する必要もない。


 だが、こうして裏切り、味方だったファンに攻撃をしている……。


 する理由がないわけ、ない。


「マッチポンプではない……これは前提だ」


「え? ……うん。怪人はヒーローと結託しているわけじゃない」


 何度もネット上で議論されている。

 ファンの間では、『ヒーローと怪人は裏で手を取り合い、戦いをショーとして見せているのではないか』というプロレスを疑うファンもいるが、間違いなく怪人は大犯罪組織だ。

 間違いなく人類の敵である。

 だから怪人を止めるヒーローは、毎回、命懸けで戦っている……。

 実際に亡くなったヒーローも多くいるのだから。


 マッチポンプなわけがない。


「ヒーローは命懸けで戦っている……、毎回毎回、なにが起こるか分からない状況で、必死に最善を探し出し、理想の結果を求めて足掻いている……。――当然、万事、上手くいくわけではないから……失敗することも、ミスすることもあるさ。それは分かってほしいが……。納得いかない部分もあるだろうな。それでもだ――なぜ助けられている側の『あいつら』が、心ない言葉をオレたちに投げてくるんだ?」


「…………」


「助けてもらったら感謝をまずするべきだ。なのにあいつらときたら……助けられることが当然だとでも言いたげに、口を開けば文句だ。――助け方が気に入らない、会社に遅れてしまうだろう、どうしてくれるんだ……。家が壊れた、私物が使えなくなった、スマホを無くした――どうしてくれるんだ、どうしてくれるんだ――……役立たずのヒーローが、人の金で良い暮らしをするんじゃない、なんて具合に攻撃されている日々だ。……どうして、こんなことを言うやつらを助けなくちゃいけない? 給料を受け取らなければ、見捨ててもいいんだろう?」


 確かに、怪人から見ても嫌な気分になる。同じくらい感謝の言葉もあるが、傷つく言葉の方が強く印象に残るものだ。

 百回のありがとうは、一回の非難にかき消される。

 そして、その一回が何度も続けば、ヒーローの心だって、壊れてしまうだろう――。


 全てを捨ててやり返したいと思っても不思議ではない。


「あいつらは思ってもいないのだろうな……、怪人へ向けられていた武器が、次は自分たちに向けられるかもしれないってことを――」


「……アンタらはさあ……人類を滅ぼすつもりか……?」


「それもいいね。人類が消えてもキミたち怪人がいれば、バランスは取れるはずだし……」


「いや、現状は、バランスが崩れているんじゃ……」


「そうかな?」


 ヒーローと怪人。

 拮抗するべきそのバランスが崩れていると思っていたが、ヒーローと怪人が片方に偏っても釣り合う存在が、まだいたのだ……。


 天秤の片方は、弱そうに見えて――


 その実、ヒーローを壊すほどには、強い。



「言葉ひとつでヒーローを歪めた人類は――怪人よりも脅威となり、バランスを崩すポテンシャルを持つ、『強さが突出した組織』だろう?」




 …了

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