ミセタガリ・シークレット


「ふっふっふ……実はわたし、せんぱいの『秘密』を握っているんですけどね――」


「……そうか」


「というわけでせんぱいっ、ばらされたくなければわたしの命令に従ってもらいま、」



 どんっ!! と後輩少女の背中が廊下の壁に貼り付けられた。……叩きつけられたわけではないが、細身ではあるが少女よりも大きな体で迫り壁に寄せられれば、か弱い少女には押し返すこともできない。


 さらに両手で左右の逃げ道を封じられる。

 周りに助けを求める……以前に、周りの生徒はなんだなんだと注目しているようだ。


「せ、せんぱい……、これは悪手ですよ。こんな対応をすれば、せんぱいが悪くなるだけです……、秘密暴露を阻止しようとして事態を悪化させては本末転倒ではないですか……?」


「本当にそうか?」


 メガネをくい、と上げる。

 その先輩は、後輩が握る「秘密」を追及した。



「秘密とはなんだ? 後輩に責任を押し付けた万引きの件か? それとも複数人との浮気か? それともカンニング? いや、クラスメイトの財布から金を盗んだことか?

 教師の弱味を握って匿名で脅したことか? 女子更衣室を盗撮し、それを学内で売ったことか? 他にはなんだ? なにがある……――飼育していたウサギを事故で死なせたことか、興味本位で警報ボタンを押したことか。

 生徒会選挙での票数の操作、虚偽報告、体育祭でのドーピング、文化祭での売り上げの誤魔化し――着服。どれのことだ。どれでもいいが、貴様はどの秘密を握っていたつもりなんだ?」



 しん、と周囲が静かになる。ボロボロと出てくる悪行、悪行、悪行――ここまで明かせば冗談にも聞こえるが、すらすらと出てくるあたり、自身のおこないだからこそとも言えた。

 それに、口から出た作り話でないと分かるのは、挙げたそれらが実際の問題として学内に知れ渡っているからだ。犯人はまだ見つかっておらず(見つかっていても本当の犯人ではない)……ゆえに彼の自白は最大で重要な情報である。


 少女は壁につけた背を、ずるずる、と下げ……尻もちをついた。

 彼女が握っていた秘密はそのどれでもなく、比べてしまえばかなりしょぼい情報だった。


 町の本屋でエロ本を買っていたところを激写した、というだけの――犯罪でなければ悪行でもないただの恥ずかしいプライベートだったのだが……、なのにパニックになったのか、彼が自白した悪行は、(全てではないが)犯罪行為である。


 しかも、公衆の面前で堂々と言ってしまった……、いや、視野が狭くなったわけではなくて、彼は覚悟の上で全てを自白したようにも見える。

 ここで全てを明け透けに吐露することがメリットになると信じているかのように。


「な、なんで…………そこまで喋ったんですか……?」


 意味が分からない、と戸惑う後輩少女。


 訳が分からない事態に直面して、握った秘密を盾に脅して「ちょっとの無茶を聞いてもらう」つもりが、至近距離にいる犯罪者――しかもサイコパスがいることに、今更ながら腰が抜けるほどの恐怖を感じていた……。


 壁に追い詰められ、左右の逃げ道を塞がれている今が……これまでの人生の中で最も危険なのではないか。


 理解すれば、がたがた、と震え始める。

 上下の歯が小刻みに何度も何度もぶつかっていた。


「どうして喋った、か…………貴様が秘密を握っていると言ったからだろう」


 どの秘密を握られているのか。

 そして、彼女が握る秘密の効力を、失わせる目的があった。


 もちろん、自白したことで当然の罰があるが……天秤の片側に乗せたデメリットに比べれば、悪行がばれて周囲からの評価が下がるくらいどうってことはない。

 ――秘密を盾に上から命令されるよりは……マシだ。


「オレを操ろうとするなんて百億年早いぞ、メスガキ」

「めす……ッ」


「貴様の脅しに屈するくらいなら全てを自白して罪に問われた方がマシだ。天秤に乗せた結果が、今の状態が最善だと判断したまでだ――それに」


 すると、騒ぎ(というほどではないが、彼の自白を聞いていた生徒が報告したのだろう……)を聞きつけ、教師がやってきた。

 腕っ節に自信がありそうな体育教師が、大きな足音を立てながら近づいてくる。


「そこのお前……話がある……いいよな?」

「はい。ところで後輩」

「は、はい……?」


 にぃ、と悪魔のような笑みだった。

 ――悪魔の先輩が、後輩少女の耳元にそっと口を寄せ、


「(貴様の秘密を握っている……※※※※の件について)」


「……ッ、はぁ!? ちょ――――」


「秘密を握ったなら、同じく握られていると思うべきだ。小学校で学ばなかったのか?」


 学ぶわけがない。

 小学校は、そこまでどす黒くない!!


「そこ! なにをこそこそと喋っている、早くこっちへきなさい……生徒指導室へいくぞ」

「ああ……分かりましたよ」



「……せんぱい」

「なんだい、後輩」

「……わたしは、なにをすれば……?」

「ん?」


「――なにをすれば、その秘密をばらさないでいてくれますかッッ!?」

「オレのように自白してしまえば脅されることもないと思うが?」

「わたしはっ、せんぱいほど面の皮が厚くないんですよっっ!!」


 後輩少女がしがみつく。

 腰にまとわりつく少女を、新しいおもちゃができたような目で見つめた。


「なら、オレの命令に従うことだな――」


 秘密。

 命令。


 少女は間違っていた。

 この先輩に、脅しで優位に立てると思った時点で、彼女は既に敗北していたのだ――。


「命令、って……」


「分からないか?」


 先輩が口の動きだけで。

 少女は、その口の動きだけで全てを理解した。



 た ・ す ・ け ・ て



 後輩少女が走り出す。

 近づいてきていた体育教師を押し返すように、突撃した。


「うぉっ!? 急になんだ!?」


「違います、せんぱいはそんなことしてません!! わたしが証言者です! せんぱいは言わされてるだけなんですっ、陰謀ですっ、裏で糸を引く真犯人がいるんですよ!!」


「…………そうなのか……?」


「……それは、こっちの口からは言えません。

 言えば……真犯人? が、黙ってはいないと思いますしね……」


「…………。まあ、分かった。とりあえずふたりとも、話を聞きたいから生徒指導室に、」


「先生っ、あの――」


 少女が体育教師にスマホの画面を見せた。

 さ、っと青ざめた教師が、苦虫を嚙み潰したような表情で、後退した。


「………………教師を、脅すのか……?」


「不貞行為は先生の責任ですけどね……、ひとまずここは見なかった、聞かなかったことにして、お互いに平和な学校生活を送りませんか?」


「ッッ…………、ああ、分かった……俺はなにも聞かなかった……だろう?」


「わたしもなにも知りません」


「オレも、なにも喋らなかった……これでこの場ではなにも起こらなかった――そういうことだよな?」


 ふたりが頷いた。


 そして、何事もなかったかのように、再び喧噪が廊下を占める。



「あの、せんぱい……」

「貴様の秘密は誰にも言わないよ……脅した以上は守秘義務を果たすさ」

「はい……でも……」


 秘密が握られたままである以上、今後も、また脅されることは目に見えている。

 カードを切ったら、そのカードがなくなるわけではないのだから。


「文句があるならいつでもばらしてもいいんだぞ? オレが自白した秘密を拡散させるなら好きにしろ――オレは、逃げも隠れもしねえ。

 秘密なんてのは、持っているだけで弱点なんだからな――最初から明け透けでいいんだよ」


 秘密を秘密としなければ、暴かれることがなければ握られて脅されることもない。

 他人に使われるくらいなら、手の内の全てをさらけ出す方がいい――



「分かってたことだろ? 隠し事なんか、するもんじゃねえよ」




 …了

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