第15話「人殺し」5
翌朝、熱も下がった私は老夫婦にお礼を伝えました。お金を渡そうとしたら
「こんな田舎で金なんて役に立たないからいらんよ。代わりに旅の話を聞かせておくれ」
というので、これまでの旅や笑い話をみんなで話し合いました。私は自分の過ちを信じられず、落ち着けません。それを何か察したのか、ガイマンが
「アンジェリカ、熱が下がったとはいえ身体が動きづらいだろう。少し外を歩いて空気でも吸ってくるといい。」
そう言って私をそれとなく外に出してくれました。その優しさが、私には辛かった。
人が少ない村のため、しばらく歩いて森に入った私は腕の包帯を解いてみました。
「っ…!?そん…な」
私の右腕の模様は、以前よりも黒く深く、そして二の腕付近にまで拡がっていたのです。こんな腕、絶対に見せられない。
「着替えさせてもらった時、ファスカが何も言わなかったということはその時にはまだ包帯に隠れていたということ…。たった一晩で…」
腕から闇を溢れさせることも、もはや自由にできました。人を癒すはずの聖職者、回復役がこれでは…。
もふたを召喚し、私は顔を埋めました。もふもふだ。それに、少し大きくなっている気がする。
「もふた…どうしよう。みんなに言うべきかな…人を殺しちゃったって…。」
絶望していると、がさりと物音が聞こえたのです。咄嗟にそちらを見ると、猟銃を持った若い男性がこちらを見て青ざめているのです。
見られた
聞かれた
「あっ、あの!これは!」
「ひっ、ひぃ!?誰かっ!?」
猟銃が私に向いている。それを見たもふたが飛び出しました。
「もふたっ!?」
叫んだと同時。彼はもふたに噛まれた瞬間、真っ黒な砂のようになり闇となって吸収されました。そして何故か私の舌に旨味を感じたのです。
「あ…あぁ…。また…また殺してしまった…」
さっきの人の命を私の中に感じる。そして私に溶けていく感覚も。もはや後戻りはできない。みんなに言えばきっと幻滅され、捨てられる。聖王都に言えば、きっと実験材料…いや、処刑される。隠し続けるんだ。
ルーカス達の旅話が落ち着いた頃、アンジェリカは戻ってきた。
「おぅ。落ち着いたか?」
「はいっ。関節がバキバキに痛いです」
部屋が笑いに包まれ、ファスカも安心した様子でした。
「アンジェリカ、ちょっとルートは逸れるんだがここから半日進むと薬草を栽培して王都とかに流してる大規模な農村があるらしい。どうする?」
「行きます!」
「ふふ、旅は寄り道と道草を味わうものですからな。」
「決まりね!」
隠れて、隠して、逃げるんだ。ばれないように。
すると、来客がありました。
「おーい、すまんがうちの息子が来てないか?猟に出て戻ってこないんだ」
「いや、来とらんよ?」
「息子さん、どのあたりに行ったんだ?」
「森の方だ。そこのお嬢さん、知らないかい?」
「アンジェリカ、外に行った時にそんな人見たか?」
「……いえ。私はずっと街をぶらぶらと適当に歩いていましたが、そのような方は見ませんでした」
「…そうか。もし来たら声かけてくれ。俺も、森の方に行ってみるからな」
この人は…。
「あの、出発は明日の朝ですよね?私、少しまだ身体が痛むので外のお風呂で温まってきてもいいですか?」
「あら、私マッサージでも手伝う?」
「いいいいいえいえ!?ちょっと一人でゆっくり考え込みたいこともあるので」
「ファスカのすけべ〜」
「女同士よ。」
「ゆっくり一人で考える時間は必要だ。我らは邪魔せん。ここで待っておる」
私はそのまま平静を装い、外へ出ました。さっきの人は…どこか。すると、角で先程の男性が待っていました。
「やはり追ってきたか。お嬢さん、息子の居場所に心当たりがあるのだろう?君は街を歩いていたというが、私は一度もすれ違っていない。それに、靴に街にはない泥の汚れが付いている。森へ行っただろう」
凄まじい観察眼…。このまま私のパーティに話されて追求されても面倒になる。
「ちょっと…歩きましょう。もしかしたらお力になれるかもしれません」
そのまま先程の森へ行き、この男性の息子を殺した場所へと案内しました。
「ここなんです。息子さんを見たのは」
「やはり見たのか…。で、どこに行った。いや、君から感じる異様な雰囲気…何をした」
「もふた」
気づかれないように足元から流していた闇からもふたを召喚し、一気に襲わせました。
「なにっ!?ぐぁっ!?」
咄嗟に避けたため、彼の右腕だけしか齧り取れませんでした。
「お座り。おとうさま、ごめんなさい。息子さんはもういません。」
「なっ、何故だ!?何が目的なんだ!」
「目的…。みんなと冒険を続けること、力を得ること…あとは…」
「生きること…。さぁ、あなたに救いを与えましょう」
動けなくなった彼の顔を右手で掴み、私は魔導書から感じる呪文を心の中で唱えました。
「吸収」
彼は悲鳴もあげられずに、私の右腕に吸収されていきました。この命の味は、もうどんな食べ物よりも美味しい…。
「あっ…ああっ…美味しいっ」
身体が震えるほどの美味。人の命は、美味しい。こんな味を知ってしまってはもう戻れない。
周囲には誰もいない。確認して私はもふたに乗って急いでお風呂へといきました。見られていないか、ファスカがお風呂に来ていないか、賭けでした。
「大丈夫…みたい」
結局杞憂でした。お風呂には誰も来ていないようで、部屋からはファスカやみんなの笑い声が聞こえていました。
「ふ〜…もっと温まっていたいけど、長風呂過ぎると思われちゃうかも…。」
私は新しい包帯をしっかりと巻きつけ、部屋に戻りました。その夜、二人が行方不明だと騒動になりましたが、結局は猟で暮らす親子のため山籠りしているかもしれないと様子見で落ち着きました。そして、私達はもう旅立つ。
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