第14話「人殺し」4

 私達は無念を抱えたまま、拠点へ戻るために次の街へ向かっていたのでした。


 馬車の中では、ほとんど会話はありません。時折ルーカスが当たり障りのない話をするだけ…。


「アンジェリカ、次の休憩地点で何か腹に入れよう」


「うむ。我も腹が減った。」


「あっ、私チーズ乗せて焼いたパンがいいな!アンジェリカも好きよねあれっ」


 しばらく進むと、程よくひらけた場所があってそこで休憩することになりました。みんな私を気遣ってくれているのがまるわかりです。懐に隠している深淵竜の魔導書に、心の中で悪態をつきました。


(もっと強い魔法があれば、私が気絶しなければ、みんな助かったのに)


 ただの八つ当たりです。どこにぶつけていいか分からない私の未熟に対する悔しさ、怒り。


 休憩中、ルーカスが拠点に戻ったあとどうするか話し始めました。


「拠点に戻ったら、また依頼をたくさん受けよう。まだ俺達は非力だ。弱い。鍛えて、鍛えて、鍛えて、もう同じ悲劇が起きないように。そして盗賊も探し出そう」


「俯いていても地面しか見えないですからな。上を向きましょう。」


「そうね。もし見つけたら、ただじゃおかないわ。」


 そうだ。私達は、私は立ち止まってはいられない。私は拳をギュッと握り、決意を込めたのです。


「その前に、アンジェリカ。貴女風邪でもひいてるの?顔が火照ってるわよ?」


 そう言われると、私は身体が熱っぽい気もしました。そもそも、パンとチーズの香りは分かるのに味がしない気がします。


「風邪…かもです。味がしないです。」


「今日は長く進むのをやめよう。地図は…と。あと少し進むと小さな村があるな。どこか泊めてもらおう」


 私は次の村に入る直前に高熱が出てしまいました。こればかりは魔法でもどうにもなりません。薬を飲んで大人しくすることです。快く泊めてくれた老夫婦に感謝する暇もなく私はベッドに寝込んだのでした。


 朦朧とする意識の中聞こえたのは、心配するみんなの声と老夫婦がよく効く薬があると言って苛立つ程の苦い薬を飲まされたこと。


「ゔぇ」


 飲んだことのない味のする薬のため、聖職者として気になりました。そして効果はあったようですぐに熱は少しだけ下がったようです。楽になった私は微睡に沈みました。


「あれ…?なんで私起きてる…の?」


 眠ったはず。私は暗闇の中にいるはずなのに自分の姿は視認できるのです。変な夢だなぁと思っていると、足元から闇が溢れてきたのです。そこには魚が跳ねて出てきて、それをどこから来たかもふたが蹴散らしました。


「なにこの夢…。熱にうなされてるのかな…」


 すると、今度は闇の中からあの盗賊達が出てきたのです。目はくり抜かれたかのように真っ黒。


「うわ…トラウマになってるのかな私。もふた、齧って消しちゃってくださいあれ。」


 もふたが齧り付いて盗賊達を消すと、今度は馬車にいた子ども達がいるのです。


「っ!?なっ…なに!?」


「ど…して…」「どう…して」


「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!助けられなくてごめんなさい!」


「どう…して。どうして僕達を殺したの?」


「キャアアアア!?」


 私は目が覚めると、ファスカが青ざめた顔で私を揺すり起こしていたのでした。


「アンジェリカ!アンジェリカ!よかった…起きたのね。夢でうなされたのかしら。横で寝てたら悲鳴が聞こえてびっくりしたわ。」


「ご…ごめんなさい。私…変な夢を…」


「寝汗、すごいわね。水と着替えまた借りてくるわ。」


「ありがとうございます…」


「あ、そうそう。貴女の服も汗で汚れたから家主さんが洗ってくれたの。この本が懐に入ってたから出しておいたって」


 私の心臓が跳ね上がりました。


「あっ、それは!」


「なんかの歴史書か文学書なんでしょ?文字も読めないし。勉強熱心はいいけど、風邪ひくまで夜遅くに読まないの。」


「そ…そうなんです。聖王都で買った、面白い歴史書だなって。」


「本は明るい時間にゆっくり読みなさいよ?顔色良くなったし、隣部屋のルーカス達にも報告してくるわ」


 ファスカが部屋を出て、私は手が震えました。ページを捲ると、また文字が読めるようになっていました。


「命の…吸収…。闇で飲み込み、内なる世界で命を食らい…その命を自らの力とする…。」


 さっきのは夢でも何でもない。この魔術が発動してしまったんだ。そして、もふたが齧り食べてしまったあの存在は…本当に私が闇で飲み込んだということ。つまり


「私が…盗賊も子ども達も殺したの…?うっ…」


 私は便所へ駆け込み、飲まされたであろう薬の残りや水分を全て吐き出してしまったのでした。


 私は、人を殺したんだ。


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