第13話 年輪

 翌朝のご飯は、京子が作ってくれた。鍋で炊いたご飯に味噌汁、卵焼きだったが、京子にも久しぶりのご馳走になったと喜んでいた。

 吾朗がとっても、パンやおにぎり、お湯で溶かすだけの味噌汁に、前日の夜の惣菜の残りに比べるとご馳走だった。何より京子が喜んでいることが嬉しかった。

 京子がちゃっかりしていたのは、吾朗が目を覚ました時にはもう、シャワーを浴びていたということだ。

「使い方がよくわかったね」と吾朗が聞くと、「角田さんに教わったの」と答えた。

「十七歳のときのこと?」と聞くと、「そう」と言って、京子はにっこりと笑った。

 一体どこまで現代のことを学んでいることやらと、吾朗は京子のことを頼もしく思った。これからいいパートナーになってくれるといいなとも思う。

 朝食を食べながら、吾朗は今後のことを考えるともなく考えていた。京子との関係というよりは、仕事のことだった。京子を面倒見るとしても、先立つものが必要だ。

「これからどうするの」

 朝食を食べながら京子が聞いてきた。

「さて、どうしたものかな」

「失業中だったよね」

「ご明察」

「職を探すの」

「何かあると思う?」

「会社を起こしたらいいんじゃない」

「僕にできることあるかな」

「知り合いに相談してみたら」

「誰れ」

「わたしは会えないけど、あなたなら大丈夫じゃないかな」

「誰のこと言ってるの」

 京子は、宮脇や立花、田村の名前を挙げた。

「まだ生きてると思うかい?」

「誰かは、ね」

「それなら花江さんの方がいいんじゃない」

「何歳だろう」

 考えてみると、1985年のとき、花江は40台。今なら、60台。まだ生きてるだろうが、一線を引いているのは間違いない。

「居場所は分かるかな」

と吾朗が聞いたとき、京子は自信あり気に答えた。

「巴集団の処分が終わったら、花江さんは花屋をやるって言ってだわ」

「どこで」

「東京」

 吾朗はため息をついた。東京は広い。花屋を検索しても見つかるはずはない。

「わたしは高辻の家に行ってみる」

「息子さんがいるかもだね」

「実は、1972年に会ってるの」

 吾朗は驚いた。「いなくなったのは、そのせいか」

「ごめんなさい。わたしも驚いたんだけど、妹と息子に半ば隔離されたようになってしまったの」

「だから、誰とも会えなくなった」

「そう。女学生の時に初めて未来に行った後に、わたしは妹の良子に起きたことや聞いた話を話したの。妹は年をとっても覚えてくれていたみたい。いろいろと面倒をみてくれたわ」

「ちょっと待って。1972年に、京子さんはいなかったのか」

 京子は少し驚いたような顔になって、「残念ながら、もういなかったわ」

「それは、死んだってこと?」

「いつなのかは聞いてないけど、八十歳までは生きられなかったみたい」

 京子は笑顔だったが、吾朗はその表情の中に深い悲しみがあるように感じた。

「だからかもしれないけど、良子と延彦はよく面倒をみてくれたわ。結構伝手があったみたいで、いろいろな現場に行かせてもらったし、たくさんの作品にも出れたわ。でもね、誰とも仲良くさせないの。わたしがあの時代の誰かと親しくなるのを恐れてたみたい」

「延彦って?」

「息子」

 京子には夫がいたのだから、息子がいても不思議ではない。ただ吾朗は意外な感じがした。

「その息子の父親は、どうだった」

「もう死んで、いなかった」

「じゃあ、息子さんも若い母親に出会って、驚いたんじゃないか」

 京子は、そう言われて、ふふっと笑った。

「あの子、父親に似て寡黙なの。しっかりと護衛してくれたわ。良子はわたしがいなくならないように注意していたような気がする」

「どうして」

「あの子、若い頃から暇さえあれば空想科学小説を読んでいたんだって。だから、詳しいの」

「そこまで注意していて、一体どうやって元の時代に帰ったわけ」

「ライスカレー食べてたとき・・・かなあ。良子が得意だったライスカレーを作ってくれたのよ。もう八十歳を超えていたから、ずっと体調が悪かったんだけど、ある日ちょっと気分がいいからって、作ってくれたの・・・懐かしい匂いだったわ。一口食べたかな・・・気づいたら、二十二歳の時代に戻っていた」

「やっぱり、懐かしいがキーワードか」

「そうね、わたしの場合は特に幼い頃の記憶かな」

「僕は、お祭りだな」

「人それぞれね」

 京子は感慨深げに呟いた。

「妹さんはうっかりして、元の時代に戻るきっかけを作っちゃったわけだ」

「多分、わたしが話した出来事を忘れていたか、違うことが起きたかのどちらかでしょうね」

「それって、1972年から過去に戻ったときに話したの」

「そうよ。あの子は、よく聞きたがったから」

「最初に経験した出来事と違ったかもしれないんだ」

 京子は吾朗の考えが掴みきれずに、きょとんとしている。

「未来は変わる可能性があるかもしれない」

「どういうこと」

「京子さんがこの世界で生きていける未来があるんじゃないかと思う」

「そうね、本来のわたしはもう死んでるだろうし、ここにどれくらいの期間居られるかもわからない。元に戻れば、空襲の中でしょうしね」

「京子さんの言う通り、僕は会社を興す。京子さんは、ここにずっといることができる方法を見つけて欲しい」

と、吾朗は京子に訴えた。京子は嬉しそうに笑った。

「分かった。とりあえず明日、実家のある髙築に行ってみたい」

と京子が言った。吾朗は京子の言うことに従うことにした。


 高築は今でも高級住宅街のようで、高い辻塀や石垣に囲まれた古い屋敷が多く、しかも敷地も広い。京子にとっては見慣れた光景らしく、迷うことなく一軒の大きな門前にも立った。

 大型車の出入りができるくらいの幅や高さのある門なのだが、今は閉まっていた。時代劇でよく見る大名屋敷の門のように、脇に人が出入りできる小さな木戸がある。インターフォンも付いている。

「入るかい」と吾朗は京子に聞いた。

 京子は迷っている。

「もう誰も生きていないわよね」

「息子さんなら、まだ健在かも」

「わたしだって、分かるかしら」

「息子さんなら分かるはずだけど、戸惑うよね。ダメ元だよ。君の名前を出してもいいの」

 京子は頷いた。そして、吾朗はインターフォンのボタンを押した。

「はい」と年配の女性の声が返ってきた。

「初めまして、羅村と言います。高辻京子さんの件でお伺いしております。延彦様はいらっしゃいますか?」

 インターフォンの向こうでは、しばらく沈黙があった。

「どうぞ」という返事が来て、すぐに大門の大扉が開き始めた。自動で開くようで、開く切った時に、そこには誰も居なかった。吾朗と京子が門の中に入ると、扉はまた自動で閉まり始めた。砂利道の半ばまで来た時には、もう閉まっていた。前方には屋敷の大きな玄関があり、車寄せもあった。

 玄関の引き戸が開き、そこに着物姿の年配の女性が現れた。顔はまだよく分からない。吾朗は少し早歩きになってその女性の方に向かった。京子も小走りについてくる。

「初めまして、羅村といいます」

 玄関口に着くなり、吾朗は頭を下げた。

 すると、その年配の女性は可笑しそうに声をあげて笑った。

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