第6話 食器
労働には対価が支払われると教えられた私は、いつものメイドに教えをこい、まともそうな料理補佐を担うことになった。
いつかの逃亡に向けて、入用だ。
たいくつまじりで、魔法で食器を浮かせて、乾いた布を擦り付けている中。あるいは鼻をほじっている中。
刺さる目線に嫌気がさして、髪をぽりぽりとむしっていた。
「あぁもう」とおおきくカタンと食器を鳴らして、衝撃に耐えられなかったお皿が、狂ったように割れていった。
「すまない」
料理のおっさんに「天引きだな」と苦言を聞いたところ。
天井に手を向けながら、周囲をいちべつし、休憩中であろう背の低い貧弱そうな女にずかずか近寄った。
茶色の絨毯を踏み鳴らして、近付くだけ近づいた私は、少しだけ目を下に向けた。
「おい、あんた、名前を言え」
びくびく痙攣しながら、青い顔をして、真っ青にして、カタカタ言いながら「リスです」と水滴みたいにぽつぽつ呟いた。
「リスです? です入らねえよ。なあ、リス、さっきから何こそこそと話してんだ。言いたいことがあるなら直接言えよ」整った服をねじりながら耳元で囁く。
背景のハエみたいな料理おっさんが遠くから覗いている。
しどろもどろで答えようとしない女に「早よ答えろ」と腕をつねった。
半笑いになりながら「い、痛いです。ごめんなさい、悪気はなくて、あやまりますから」ぺこぺこしている。
鼻水を垂れ流したよう、顔に力を入れて目をとじている。
「それで何の用だよ」
ズレた女に「チッ」と舌を鳴らしながら「いいから理由を、原因を答えろと言ってんだ」それでも答えないこいつにしびれを切らして、「こっちにこい」と服の端を引っ張って厨房の外へ連れ出す。
何度かあけっぱの扉をくぐり抜けて、陽光の指す小さな休憩スペースに到着した。
そうしている際中でもへらへら笑って気味が悪かった。
乱暴に座らせ、隣のベンチに腰掛ける。
「それで、何なんだ」
女はうつむいたまま何もこたえやしない。
「言わないなら言わないなりで、言わせることはできるんだがな」
威嚇するように小さくベンチを叩いた。
小さくくぐもった怯え声が一つ聞こえた。
「今なら、何を言っても怒らねえよ」
「ほ、本当ですか。絶対に怒りませんか、怒らないなら言います。でも怒らないって言っても怒るかもしれないです。だって」
「わかった、もし怒ったら何でも言う事聞いてやる、だから早く言え」
「な、なんでも、です、ですか?」
すこし食い気味に顔をあげて距離を詰めてくる。
すかした顔をしながら肯定の返事をする。
気違い女に話しかけてしまったようだった。
「えっとです。その、う、うるさかったからで……それも、その可愛いっていうか、ずっと見ていたいっていうか。へ、苦しそうなところも綺麗だったから、頭の中で汚していたっていうか。ずっと触ってみたいなって」
「……少し待て、その、なんだ、お前は、あれか、私が何を質問しているかわかっている前提での話をしているのだよな。もう一度言うが何故あんなにじろじろ見ていたんだ」
「もちろんそうです」
前かがみになった女を押しのけながら半笑い気味で投げかけた。
「つまり、お前は好きだから見てたってことか? だとしたら他の奴らが見ていたのは何故なんだ? 言ってることがあべこべだとは思わないか」
「なるほどです」と突然叫び自身の服をこの女はまさぐり始めた。十数えるうちにちっちゃな水晶玉をテーブルに撫でくりまわして、コトンと置いた。
舐めとるようにさすりながら「これを見せた方が速そうです」とにやにや、映像が投影された。
女の嬌声と荒い息使い、楽し気な声と裏腹の獣のように唸る声。
裸にひん剥かれた私がいた。
「どうぞ、です。へへ、とってもかわいいですよ。多分ですけどみんな聞こえていたんじゃないですか、み、みんなはみんなです。仕事をしてたらこんな声が聞こえてきたんですから、興味深いです。ちっちゃい手がかわいいし、ちっちゃい 足がかわいいし、ピンク色の下だって、鮮やかで美しいです。知ってますか? 私たちの中で噂になってるんです。誰が広めたと思いますか? へへ」
反射的にその水晶玉を叩き割った。
「ぁ……た、高かったんですよ! どうしてくれるんですか!!」
顔を真っ赤にしながら腕を揺さぶってくる女に嫌気が止まらず、またも、頭を叩いた。
「い、痛いですって! ……お、怒りましたね! 怒らないって言ったじゃないですか!! そうですよ! 約束は覚えていますか!」
「はあ……お前と話すと疲れる。話が通じているようで通じてない。お前は猿か何かか」
ふと太ももの上に止まっている数匹のアリに目がいった。
地球で見たアリと類似した外見のそれは、手と手をこすり合わせて慰めるようにポンポンと、服を押していた。
人差し指で払うと、私は立ち上がった。
そのまま勢いで女の髪を掴むと「これ以上広げでもしたら、殺すからな」とテーブルに頭を叩きつけて、くるっと反転した。
すぐ近くのフェンスに並び整列していた数百のアリが敬礼している。
一瞬立ち止まったが、どうでもいいやと切り捨てた。
「用は終わったか」
厨房に戻ると皿洗いを再開した。
銀の食器をぺろりと舐めて遊んでいると、あの覗き魔女がとぼとぼ歩いてきて、下をベーっと出してきた。
「わ、笑わないでください!」
「お前は稀に見る馬鹿だな」
TS百合は百合なのか トリスバリーヌオ @oobayasiutimata
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