第3話 檻

 クッキーを食べながら寝落ちしてしまったメイドへ、カラッとした目を向けた。

 何が楽しいのか、さきほどまで本の読み聞かせをしていたのだ。


 姫と王子が結婚するだけの、砂糖な話に「結構だ」と叫んだらこれだ。

 朝方の速い方にそんな話をされては「当然のことです!!」と俺を殺した女も言うはずだ。


 痺れた体を動かしてメイドの裾を引っ張る。


「寝てるとこすまないが、ストレッチを手伝ってくれないか」


 そうなのだ。体が固まって動かすたびに痛みが走るのだ。朝起きても体が動かないのはさすがにびっくりだった。


「……失念しておりました。ですが少しお待ちください。歯を磨いてまいりますので」


 よだれのメイドはスッと身だしなみを整えて、この部屋から出て行った。

 オレンジに光っている明かりに意識を注いでいると、女が戻って来た。


「それではこれを口に含んでかみかみしてください」


 青色の四角い固形物を俺の口元にあてた。

 抵抗しながらも口の中で噛み、転がした。

 球根系の野菜とゴムのような味がする。

 しばらくすると、それはかってに動きだし口内を這うようにして蠢きだした。


「吐き出してはなりません。ただの清掃用品です」と口に手を覆いかぶせる。


 しばらくすると、それは四角い固形物に戻り「取り出して下さい」との声で俺は口からぺっとした。


 出された布で顔を拭き終わると「それでは体をほぐしていきます。痛いところがあればお教えください」とベットに上がって来た。





 適当に流されながら、力を加えたり抜いたりしていた。


「んぁ……なあ、俺はこれからどうなるんだ?」


 股関節を弛緩させながら、俺は後ろのメイドに問う。


「まずは朝食の時間となります、その後……」


「いや、それもそうだが、俺はどんな目に合うんだ?」


「そう言われましてもっ、私としては分からないとしか答えることができません」


「昨日の少しを見ていたが、あんたはあの女と親しいんだろ? だったら……ぅ、痛いぞ」


 メイドは俺から離れると「ぷしゅ」という音を立てながら床に降りる。


「昨晩も言いましたがお嬢様は絶対です。多少の融通はききますが、それはあくまで私個人に対してです。お忘れないように」


「なんだこいつ」と顔を呆れさせながら「それでは朝食へ参りましょう」に従った。





 久しく味わっていなかった非ペースト状のそれに、鼻歌交じりでかぶりつく。


「おいおい! なんだこりゃあ! 総督どもはこんなん食ってんのか!!」


「アリシア様、ご自愛もそろそろ」


 俺の横に立つメイドは乱暴にパンを奪うと咳ばらいをした。


「アリシア様、ご自身の立場という物をお考え下さい」


 机から少し離れたところに集まって並んでいる使用人たちが、俺を見ていた。

 正面で飯を食っているローブの女も(ローブは身に着けてはいない、代わりに上等な服を着ているが)笑って見ていた。


「別にいいわよ。食事くらい自由にさせてあげなさい」


 メイドは「はい」と言うとパンを口元に押し付けてくる。

 はしたなく口をもぐもぐさせた。


 全て平らげた後、へんてこ女が使用人へどこかに行くよう指示する。

 それを横目で見ながら、美味しさの余韻に浸っていた。


「さて、これから貴方は私の弟子になると決定したわけなのだけれど、それには自覚と意欲が付きまとわなければならない。そうよね? だって惰性的にされたらこっちとしてはあまりうれしいとは言えないものなのだから」


「つまりなんだよ」


「こうよ」女が指をぱちんと鳴らす。


 次の瞬間、昨日と同じように視界がぐるぐると変わり始め、俺の意識はばちんと弾けた。


 ーーーーーーーー


 ぱちりと目を開ける。気づくと天蓋付きの寝具、フカフカのマットレスが背中にあった。

 腰を起こしてきょろきょろ見渡すと自然に「おいおい」呆れの言葉が漏れていた。


 ぐつぐつと煮え立つ小さな小瓶、目ん玉をくっつけてぐちゃぐちゃに回っている人形、人の背丈ほどあるハサミ、やたらと赤い蝋燭、焦げ付いたカエルの脚、干された肋骨、鳥の唐揚げ、白いパン。


 吐き気を催すようなあべこべ空間に口をぽっかり空けていると、回転いすにかけた女が「あら、もう覚めたのね。でも、丁度良かったわ」と笑った。

 右手には細い注射針を握っていた。


「あら、これに興味があるのね。いいわ、教えてあげる」そう言ってこつこつ歩いてくる。


「これはね、気持ちよくなるお薬、と言ったら語弊があるのだけれど。そうね、残念なことにデメリットのない快楽物質なんてないの。だからこれは血流をちょっと早めたり、魔力の回復を早めたり、言うなればちょっとした健康飲料みたいなものなの。がっかりしたかしら?」


 それを聞いている間に、こいつとの距離が人間一人分くらいになっていた。


「といっても、量次第ですべてが変わってしまうのはご愛敬というものよ」

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