星空の下

 思えば乱歩さんが、「今回の依頼は国木田と太宰と敦で」と、云った時から私には予測出来そうなものだったが、油断していた。

 敦君の胸を凶弾が貫いた時、私は強烈な既視感を覚えていた。後ろに倒れようとするその体を咄嗟に支えようとするが、私の異能で彼の回復を妨げるといけない。そう判断して手を引っ込める。予想通り、ブーツの足はたたらを踏んで、銃を構えた男を見据える体勢に戻った。私にはその後ろ姿をただ見つめていることしか出来ない。

「『独歩吟客』――鉄線銃ワイヤーガン!」

 国木田君の言葉に反応して、破った手帳の頁が形を変える。次の瞬間、敵は銃をはたき落とされ、鉄線で拘束されていた。

「大人しくしろ!」

 逃れようと足掻く男を国木田君が一喝して、拘束したままその顎に掌底を食らわせる。一撃でその男は落ちた。

「敦、大丈夫か」

「はい。平気です」

 返事をして私の方へ振り返る。「太宰さん、怪我は無いですか?」その一言に、彼は私を守ってくれたのだと気付いてしまった。差し伸べられた手を取ることも出来ずに、私は俯いている。

「太宰さん?」

「……何で、私を庇ったの」

 嗚呼、そんな事分かりきっている。もし私が撃たれた場合、与謝野女医でも治療は困難を極めるからだ。けれど、私はあの苦しみを二度と味わいたくない。私は敦君の穴が空いたシャツの胸元、その肌が傷跡も無く再生しているのを確認してから彼の両肩に手を置いた。良かった。安堵の溜息がもれる。

 国木田君は携帯で探偵社に連絡を取っている。先程捕らえた男は地面で気絶したまま転がっていた。

「こんなに、自分の異能が煩わしいと思ったのは初めてだよ」

 そうこぼすと、敦君は私の手に、自分の手を重ねてきた。その掌は温かく、優しく、力強い。

「安心して下さい。僕は貴方より先には死にません」

 その言葉に思わず目を瞠る。其処には夜明け色した眼差しが、真っ直ぐに私を見つめていた。私は彼に何事か云おうとして、それでも言葉は出てこなくて。黙って震える唇を噛み締めた。一欠片だけ残った矜持で、涙だけは零すまいと上を向いた。厭になる位、瞬く星の綺麗な夜だった。

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