牛乳に、魔法を一匙

 敦君の寝付きの良さと云ったら、私にとっては驚きの一言だ。布団に入ったかと思えば、何時の間にか寝息を立てている事が多い。其れも、眠れる時に眠っておかなければ身が持たないという、孤児院育ちの所以だろうか。

 でも、今晩は珍しく眠れないらしい。灯りを消した後に私の隣で何度も寝返りをしていたが、やがて諦めたのか上半身を起こしたようだ。衣擦れの音で私は目を開ける。

「ん。眠れないのかい?」

「はい……今日の昼間に昼寝しちゃったからですかね」

 そう云えば、今日借りてきた映画のDVDが吃驚する程つまらなくて、観ながら二人して寝落ちしちゃったっけ。目を覚ましたら再生が終わっていた。

 私は起き上がると灯りをつけた。

「よし、良い物を作ってあげよう。ついておいで」

 台所へ立つと、彼は後ろからついて来た。冷蔵庫を開けて牛乳を取り出すと、手鍋に注ぎ入れて火に掛けた。

「適当に温まったら火を止めてくれる?」

「あ、はい」

 彼が鍋の様子を見ているのを目の端に置いて、私は食器棚からマグカップとスプーンを二組持ってくる。丁度敦君が火を止めたところだった。私は牛乳を注ぎ分けると、何時も菓子や茶葉の類を入れてある棚を開ける。

「えーと、あ、あった」

 目当ては硝子の小瓶に入った蜂蜜。此れも敦君と二人で、紅茶に入れたら美味しいだろうなとか云って買ってきた物だ。蓋を開けると、とろりとした黄金色の其れをスプーンで一匙ずつ牛乳に入れる。

「後は良くかき混ぜて出来上がりだよ」

「小さい頃読んだ外国の御伽噺に出てくるやつだ……」

 二人でマグカップの湯気の甘い香りを楽しみながら混ぜると、やがて待ち切れなくなった彼が口をつけた。一口飲んで、ふわっと小さく息を吐く。

「美味しい……」

「良かった」

 私も自分のを一口飲むと、温かくて甘くて、優しい味がした。久しぶりに飲んだけれど、まるで何も心配しなくて良い乳飲み子に戻った様な心地だ。彼も私も、そんな時代が有ったのかは謎だけれど。

「飲み終わったら布団に戻ろうね」

 そう云うと、彼は素直に頷いた。虫歯だとか後片付けだとか、そんな面倒は明日の自分達が何とかしてくれる。

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