もうすぐ春ですね

 昼休み。僕は昼食を早々に済ませると、デスクで携帯を開いて去年撮った桜の写真を眺めていた。今年は太宰さんと二人で行きたいなあ、なんて思っているのだが。彼の人は何時もの如く職場から脱走済み。隣の誰も居ない乱雑なデスクを見遣る。其処で背後から声が掛けられた。

「敦君。携帯で何見てるの?」

「あ、谷崎さん。見ます?」

 谷崎さんは太宰さんの椅子を引っ張って傍に座ると、僕の携帯を覗き込んできた。

「桜かァ。もうすぐ咲く季節だね」

「そうだ。今度太宰さんと桜を見に行きたいと思ってるんですけど、良い場所知りませんか?」

 訊くと、谷崎さんはポケットから自分の携帯を取り出す。

「えーとね、此れ此れ。三渓園で撮ったヤツ」

 見せられたのは、池の畔に咲く見事な夜桜を背景に、笑顔で此方を見ているナオミさんの写真だった。良い写真だ。思わず「わぁ……」と感嘆の声がこぼれる。

「良いデートスポットだよ。ナオミも凄く喜んでくれたし。あとね、此処は夜になると燈明寺の三重塔がライトアップされるンだ。凄く綺麗だよ」

「本当ですか」

「うん。此処はカップルが多かったから、そういう雰囲気にもなりやすい」

 彼の『そういう雰囲気』という含みのある言葉に、僕はごくりと喉を鳴らす。つまり、太宰さんと一歩進んだ関係になれるかも知れない、のか。

 其処で内緒話をする様に、僕の耳元へと谷崎さんが顔を近づけてきた。掌を口元に添えるとひそひそ声で囁いてくる。

「で、太宰さんとは何処まで進んでるの?」

「えっ、あの……その。手は繋いだ事が有ります……」

 顔が熱い。恥ずかしくて消え入りそうな声で僕が返すと、谷崎さんが「そっかァ」と小さく笑った。そして僕の肩をぽんぽんと叩いて、椅子から立ち上がる。

「頑張ってね、敦君」

 去っていく谷崎さんの後ろ姿を見送る。直ぐにナオミさんが駆け寄ってきて、谷崎さんに抱き着くと楽しげに談笑を始める。あの二人、絶対に兄妹だけの関係じゃないよなぁ。

 気を取り直して、携帯で『三渓園』と入力して地図を探す。今度、一人で下見に行って来よう。

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