歯磨き粉
太宰さんより一足早く起きた僕は、歯を磨いた後に洗面所で顔を洗っていた。タオルで顔を拭き終わると、寝ぼけ眼の彼が続いて起き出してきて、僕の後ろからぴったり抱き着いた。寝癖のついた頭を僕の肩口に埋めてくる。
「こんな寒いのに置いてくなんて酷いよ、敦君~……」
「あの、僕のこと湯たんぽか何かだと思ってません?」
僕の体温を心地良いと思ってくれるのは嬉しい。だけど、冬になってからというもの、純粋に暖を取るためだけに僕にくっついてきている節が有る。
僕は彼に洗面所を譲ると、台所へ向かった。炊飯器でご飯が炊けているのを確認したら、冷蔵庫を開ける。朝ご飯、目玉焼きで良いかな。卵に手を伸ばそうとした処で、洗面所から「うへぇ」という変な声が聞こえた。
「どうしたんですか」
洗面所へ戻ると、歯ブラシと歯磨き粉を手にした太宰さんが不機嫌そうに振り返った。
「ちょっと敦君、この歯磨き粉なに? 物凄く甘いんだけど」
其れは僕が先日買い足した物だ。偶々、行きつけの薬局で薄荷味の歯磨き粉が売り切れていたので、別に良いか、と思って子供用の苺味の物を買って帰った覚えがある。其れを説明すると彼は眉を顰めて水で口を濯いだ。さっき僕も使ったけど、其れ、そんなに変な味がする物だっただろうか。
僕に向き直った彼は、いきなり僕の肩を掴むと口付けしてくる。驚いて反射的に口を開くと、少しざらついた舌が滑り込んでくる。同じ歯磨き粉を使ったのに、全然違う味なのが不思議だった。仄かに香るのは人工的な苺の香料。心臓の拍動が早くなる。僕も負けじと彼の首に手を回してその口蓋を味わう。暫く舌を絡めるようにしてから離れると、彼は気が済んだのか僕から顔を離す。自分の唇を舌でぺろりと猫の様に舐めると、鳶色の眼を細めた。
「――次は何時ものやつ買ってきてね?」
そう云い置いて洗面所を出ていってしまうので、僕はまた薄荷味ではない歯磨き粉を買って来ようと思うのだった。葡萄味とか、林檎味も有るんだよな。
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