冷えたままの麦酒

 私は休日が好きだ。目覚ましを掛けないで寝ても、国木田君に怒られない。昼の十二時過ぎに布団から漸く這い出した私は、麦酒ビールと蟹缶が冷蔵庫に有るのを思い出した。

「今日はお休みだし、昼から呑んじゃお」

 鼻歌を歌いながら台所の冷蔵庫を開ける。冷えた麦酒の缶を取り出そうとした処で玄関の呼鈴が鳴ったので、水を差された気分になりながら冷蔵庫を閉める。

「はいはい、何方かな」

 玄関を開けると敦君が立っていた。はにかむような笑顔で、手には何やらレジ袋を提げている。

「済みません、起こしちゃいました?」

 この寝間着姿を見て寝起きだと思ったのだろう。私は仕方ないなと思いつつ、敦君を部屋に上げる。

「丁度起きた処だよ。其れより、何か買ってきたのかい?」

「あ、此れですか」

 敦君は卓袱台に肘をつく私の目の前に、袋から取り出して見せる。

「桜餅です。僕、初めて実物を見ました」

 嗚呼、そうか。彼は孤児院の出だった。私は卓袱台の上に置かれた、透明なパックに並んで四つ入った桜餅を見遣る。所謂、長明寺と呼ばれる桜餅だ。平たく伸ばした桜色の餅で餡を包んであって、塩漬けの桜の葉が巻かれている。もうそんな物が出回る季節になったのか、と気付かされた。

「君は初めて見る物が有ると、何時も報告しに来るねえ」

 此れは今日に限ったことではない。彼は食べ物であれ景色であれ、私と共有したいらしく毎回こうして私の許へ来る。先日は確かコンビニの氷菓アイスだったっけ。「こんなに寒いのに氷菓なんて売ってるんですね」と二人分買って来た。

「だって、太宰さんと一緒に食べた方が美味しいと思って」

 私を見つめるその瞳の表情。其れはとても純粋な愛慕の情だ。私には良いけど他の人にもこういうのやってないよね? と勘繰りたくなる位。色々云いたいのを飲み込んで、私は「お茶淹れるから待ってて」と台所に立つ。冷蔵庫の麦酒はお預けだな。でも、其れも悪くはないと思える程度に、私も彼が愛おしいのだ。自然と笑みがこぼれる。

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