虹の見える丘
僕がデスクで報告書を書いていると、傍らの携帯が軽い着信音を立てた。誰かなと思って、携帯を開いてみるとメールが一件。太宰さんからだ。題名はなく、本文に「私は何処に居るでしょう?」と云う一言に画像だけが添付されている。
「なんだろ」
思わず国木田さんが居ないのを確認してから添付画像を開くと、海の見える街並みにかかった見事な虹の橋梁が写っていた。
「わあ……」
眼を瞬かせて写真を見つめる。青空に鮮やかなグラデーションが綺麗な写真だ。多分、横浜の街、何処か丘の上の方で撮られたに違いない。
「またあの唐変木は何処へ行ったんだ」
国木田さんが戻ってきて、僕の隣の散らかったデスクに目を遣る。苛立ちと諦めを含んだため息をついて僕に云った。
「敦。その報告書が終わったら太宰を連れ戻しに行って来い」
「わかりました」
僕は携帯を畳むと何でもなかったようにデスクの上に置き、報告書の作成に戻る。国木田さんはマグカップから珈琲を飲み、PC作業に戻った。キーボードを軽快に指先で叩きながら僕に向けて云う。
「済まんな。何時も太宰を捜しに行かせて」
「いえ、僕は平気ですけど」
僕には虎の嗅覚があるから、太宰さんを捜すのには探偵社の中で一番適任だった。其れが嬉しい。何時も帰り道は太宰さんと話しながら帰れるから。
暫くして書き上げた報告書を、国木田さんに提出して承諾を貰う。僕は席を立った。其処で国木田さんが僕の名を呼ぶ。
「お前が探偵社に来て暫く経つが、太宰は変わったぞ」
「え?」
国木田さんが眼鏡を押し上げる。
「前までは何処かへ行っても放置するか、やむを得ない場合だけ乱歩さんの力で居場所を推理して貰っていた。連れ戻した時は何時も子供みたいに拗ねていたが、お前と帰ってくる時は機嫌が良さそうだ」
其れを聞いて僕は一瞬だけ驚き、微笑む。
太宰さんにとって僕は『特別』だって思って良いんだろうか。
「行ってきます」
見つけたら、訊いてみよう。あの人はきっと虹の見える丘で僕を待っている。
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