指先、掌、それから
冬は温かい湯船でゆっくりするに限る。
敦君の後に風呂から上がった私は、タオルで体を拭くと寝間着に着替えた。両肩にタオルを引っ掛けたままで部屋に戻る。其処で布団を敷き始めている敦君が私に気づいて、振り返る。
「あ、太宰さん。此方来て下さい」
云われるまま私は敦君の傍まで行く。すると彼は私のタオルを取り、頭に被せてきた。「屈んで下さい」と云われるのでその通りにする。
「ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃいますよ」
「うん」
敦君は私の髪の水分を丁寧に拭っていく。タオル越しにその十の指先の優しさが感じられて、とても心地良い。そっと目蓋を閉じる。まるで子供扱いだけれど、敦君が相手なら厭じゃない。眼の前の彼から、私と同じシャンプーの匂いが漂っているのを、鼻から胸へと静かに吸い込む。心臓の辺りが温かくなっていく。幸せには色々な形があると云うけれど、私は、其れは眼に見えないと思っている。そして此の匂いと、彼が私の髪を乾かす時の指先の動きは、私にとって間違いなく『幸せ』だ。
「――はい、おしまい」
敦君の声で私は思考から引き戻される。眼を見開くと、彼の夜明け色した瞳と視線が合う。
嗚呼、此の色。何度見ても飽きない。どんな宝石よりも、尊い。
私は御礼にと、敦君の頭を抱き寄せて額にそっとくちづける。「ふふ」と小さな笑いがお互いにこぼれた。
私は水分を含んだタオルを洗濯籠に放り込むと、敷かれた布団に潜り込んだ。まだひんやりとした布団に続いて敦君が入ってくるので、私は彼に抱き着く。私よりも少し高い体温が愛おしい。彼も私の背に腕を回してきた。「太宰さん」と呼ぶ声は甘く、触れ合わせた唇は柔い。寝間着の裾から忍び込んでくる掌の感触が、また先程とは別の心地良さで私を蕩かしていく。戸惑いながらぎこちなく私に触れてきていたあの頃が懐かしい。
「何か可笑しいですか?」
「いや、君もだいぶ慣れたなって」
夜は更けていく。私たちはそんな当たり前のことにはお構いなしに、互いに溺れていく。
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