飴玉

 二人暮らしを初めて間もない時。最初に提案したのは太宰の方だった。

「これから悲しいことやつらいことがあったら、この飴玉を食べていいことにしよう」

 甘いものは気分を落ち着かせるからね。そう云って玄関の靴箱の上に、籠を置いて飴玉を入れておいたのだ。

 しかしなかなか減らないので、敦はあまり気にしなくなってきた。時々太宰の方が飴玉を食べたい言い訳として、「国木田君に怒られた」等と云って取っていくことがある程度だ。

 ある日、敦は急遽一日だけ乱歩の付き添いで出張することになった。「今日は帰れません」と太宰に電話すると「気をつけて帰ってきてね~」と軽く返事された。

 そして翌日の夜になって帰宅した敦は、籠の中の飴玉が明らかに減っているのに気づいた。最近は家を出る時にちらりと見るくらいだったが、昨日の朝はもう少し入っていたはずだ。

 慌てて靴を脱いで寝室に行くと、太宰は布団で寝ていた。枕元には飴玉の包み紙が四、五枚ほど散らばっている。

 寝顔は微かに眉根が寄っていて、敦は何があったのかと気になって仕方ない。しかし起こすのも何だと思って仕方なく鞄を置くと、太宰の傍に座り込んだ。

 畳に落ちている飴玉の包み紙は赤、緑、黄、と様々で、敦はなんとはなしにその中の一枚、赤い包み紙を手に取った。指先につるつる滑る素材で出来たそれは、丁寧に手のひらで広げてやるとカサカサと乾いた音を鳴らす。

 ――太宰さんは、どんな気持ちでこれを食べたんだろう。どんな悲しいことが、つらいことがあったのか。それを思うと敦は胸が潰れそうだった。

「ん……敦君……?」

 寝起きの声で呼ばれて敦は太宰の顔を見る。そのうっすら開いた目が微笑みの形に変わった。布団の中から腕が伸びてきて、敦の腕を捉える。

「帰ってきたなら起こしてよぉ……」

「す、すみません気が利かなくて」

 敦は太宰に問う。

「何があったんですか。こんなに飴玉を食べて」

 太宰は身を起こして敦を抱きしめると、そっと自分の唇で敦のそれを塞いだ。ほのかに苺の香料が鼻先をくすぐる。

「――敦君がいなくて寂しかったから」

 でも、これで寂しくないね。

 その笑顔に、敦は黙って太宰をぎゅっと抱きしめ返す。

 もう、籠の中の飴玉が減らないようにしたい。

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