雪の夜
しんしんと雪の降る夜。部屋の灯も消したので真っ暗な中。敦と太宰は二人で布団に潜り込んで小さな声で話していた。今夜は敦が孤児院時代、好きになった女の子の話をしている。
「――それで?」
太宰が敦の話の先を促す。
「……僕は、その女の子に点数稼ぎのために売られたんです。食料庫へ忍び込んで、せっかく来客用のお菓子だった、チョコレートを手に入れてきてあげたのに」
「へえ」
敦は、太宰になら孤児院時代の話を素直に話せるようになっていた。別に親身になって聞いてくれるとかではなくて、ただ相槌を打ちながら静かに聞いてくれるからだ。否定も肯定も、称賛も慰めもない。敦にはそれがただ心地よかったから。話すと胸の中でつかえていた辛い過去の出来事が、楽になっていくのが自分でもわかる。
「あの時こっそり二人で食べたチョコレート、美味しかったな」
「だろうね」
太宰は敦の頭を撫でる。その手のひらは体温が少し低くて、敦はそれが好きだった。
「その女の子、勿体ないことをしたなあ」
珍しく太宰がそう話の感想をもらしたので、「どうしてですか」と訊き返す。
「いま敦君と一緒にいる私がこんなに幸せだからさ」
それを聞いて敦は目を丸くする。それから太宰の頬に触れた。
「僕だって太宰さんといられて幸せです。仮にあの子と恋人同士になってたら、太宰さんとは出逢えなかったでしょうから」
そこで敦はいいことを思いついた。
「太宰さん。もうすぐバレンタインですから、今度、僕とチョコレートのお菓子でも作りませんか」
「ああ、いいねえ。私ひとりだったら出来ないけど、敦君は料理上手だから」
二人、額を突き合わせて小さく笑う。
何を作ろうか。ブラウニー、トリュフ、ガトーショコラ……。
そうして二人は寄り添って体温を共有しながら眠るのだった。夜は音もなく更けていく。
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