偲ぶ煙

 太宰さんから、時々甘い匂いがする。特に天気の良い日などに。

 今日も雲ひとつない晴れた空なので、うずまきで僕と賢治君がお茶していると、その話になった。

 賢治君は僕の問いに少し考えてこう返してきた。

「女の人の香水とかじゃないです?」

 賢治君はストローでクリームソーダを飲んでいる。

 その可能性もなくはない。でもどこか煙っぽいというか……。

「やっぱり僕の気のせいかなあ……」

「それなら、太宰さんを捜しに行けばいいんじゃないです? 今日はお天気もいいですし、その匂いの元も分かるんじゃないでしょうか」

 賢治君が首を傾げる。

「た、確かに……!」

 僕は慌てて財布から千円札を抜き出しテーブルに置くと、太宰さんを捜しに向かった。

 道に出てすうっと息を吸えば、どこからか煙の混じった甘い匂いがする。

 ――あっちだ。

 僕は匂いを辿って街を駆け抜ける。街外れの、海が見える墓地。

 彼の人はそこにいた。

「……やあ、敦君」

 振り返らずに答える太宰さんは、まだ新しい墓の前で煙草を吸っていた。

 ――これだ。この煙草の匂いだったんだ。

 それが分かっても、今の太宰さんは近づきがたい雰囲気をしている。僕は背後からおそるおそる足を踏み出した。

 なんて、声をかければ良いんだろう。

「……太宰さんって、煙草吸うんですね」

 頭の中を全部引っかき回して考えた末に出た言葉が、これだった。どうして僕はこんなことしか云えないんだろう。

 太宰さんは気にした風もなく、真っ青な空に向かって煙を吐き出すと、「たまにね」と答えた。

「天気の良い日なら、あの世にも届くかなって」

 そう云って、太宰さんはまた煙草を口元に持ってくる。

「花束を供えてもいいんだけど、花より団子……っていうか咖喱だったし」

 吸いかけの煙草を手に苦笑いするその顔が、どことなく何時もより幼くて、楽しそうで。

 ――嗚呼、ここに眠る人は、太宰さんの大事な人だったんだろうな。

 僕は胸が苦しくて、黙ってネクタイごとシャツの胸元を握りしめていることしかできない。

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