すき焼き

 敦と太宰は日用品の買い出しに出ている。

 太宰が台所用品の売り場を見回しながら歩いていると、あるものを見つけた。

「あ、これいいな~。ねえ敦君、これ買おう?」

「なんですか?」

 敦はカートを押しながら後ろからついてきた。太宰が嬉しそうな顔で指差すのは、底が浅めの平たい鍋だ。

「すき焼き用の鍋。

 ほら、私って今まで一人暮らしだったから、鍋なんてなかなか出来なくてさあ」

「いいですね。僕も鍋とかそういう料理ほとんど食べたことなくて」

 ふたりとも納得して鍋を買うと、家路を辿った。

 帰り道に、敦がなにか云いたげにしているのに気づくと、太宰はその頬をつつく。

「どうしたんだい?」

「いえ……買っちゃったのはいいんですけど、すき焼きってどんな食べ物ですか?」

 彼が暮らした孤児院でそんなものが食卓に上るはずもない。太宰は笑顔で答えた。

「牛肉とか豆腐を甘じょっぱく煮た料理だよ。熱いから溶いた生卵につけて食べるんだ」

「わあ……なんですかそれ。すごく美味しそう」

 敦は目をきらきらさせている。太宰は愛おしくなってその頭をくしゃくしゃに撫でた。「子供扱いしないでください」と非難の声が飛んでくる。

「よし、そんなに食べたいなら今夜は早速すき焼きにしよう」

 その提案に敦は一も二もなく頷いて、二人は一旦家に荷物を置き、スーパーですき焼きの材料を買うことにした。

「ええと、牛肉と豆腐でしたっけ。あとはなにか入れるものあります?」

「んー、なんだっけ」

 売り場で太宰は首を傾げて考え込んでいる。

「味付けとかもどうしたら……」

「えーとね、汁は茶色くて甘じょっぱいから、コーラに塩入れてるのかな?」

 それを聞いて敦は、自分の携帯ですき焼きのレシピを調べ始めた。

「――他に入れるのは葱としらたきと椎茸くらい。味付けはめんつゆでもできそうです」

 敦の指示でてきぱきとカゴに食材を入れて会計を済ませた。

 日の暮れた道は冷たい風が吹いているが、これから家に帰れば二人で温かい鍋をつつくのだ。

「そんなにすき焼きが楽しみなのかい、敦君」

「生まれて初めて食べるすき焼きが、太宰さんと一緒で嬉しいんです」

 その言葉に虚を突かれた太宰は、手で口元を覆ってしまう。頬に熱が上るのが分かった。

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