風邪ひいた

 ――敦君の怪我はすぐ治ってしまう。

 ポートマフィアや組合と戦ったときも、虎の異能で驚異的な治癒能力を発揮している。

 けれど。

「太宰さん……伝染るからあっち行っててください……」

 布団で横になっている敦君は、ごほごほと咳をしている。

 そう。風邪を引いたのだ。

 怪我なら簡単に治ってしまう彼だけど、病気はその限りでないらしい。

 こんな状態なのに、私はなんだか嬉しくなってしまっていた。だって、敦君の看病が出来るんだもの。

「何を云ってるんだい。私がちゃんと看病してあげるから」

 胸を張ってそう云うと、私は一考した。

 病人には何をしたらいいか。それは森さんのところにいた時、ある程度は学んでいた。

「ええと、敦君。何か食べる? お粥とかうどんとか。なんでも作るよ」

「太宰さんに任せたら台所が爆発します……」

 額に冷たい手拭いを乗せた敦君は掠れた声でそう云った。

 確かにそうだけどさあ。

 そうだ、と思いついて私はポカリのペットボトルを冷蔵庫から持ってきた。

「これ飲む?」

 訊けば、頷きが返ってくる。体を起こす敦君の傍に膝をついて、その蓋を開けた。

 私はそれをひとくち口に含んで、彼が有無を云う暇も与えずに口移しで飲ませる。

 こくりと敦君の喉が鳴って、それを飲み下したのがわかると、私は唇を離した。口の端を上げて笑うと、唐突に後頭部へ手が回ってきて、今度は敦君がその口で私の唇を塞いできた。

 熱があるので、彼の口の中は熱い。舌を差し込まれて、上顎の方をその舌がなぞると、背筋をぞくぞくした快楽に似たものが這い上がっていく。

 待って。

 そう云いたいのに、敦君の舌は私の口内を圧倒的な熱量でもって蹂躙していく。甘くて少し塩気があるポカリ味のくちづけ。いつの間にかポカリのペットボトルは私の手から離れて、畳に転がって染みを作っているだろう。

 こんなつもりじゃなかったのに。

 腰から下の力が抜けてきて、へたり込む私を敦君がようやく離してくれた。

「敦君……」

「まったく、病人になんてことするんですか」

 暁色の瞳が、病気からくるものではない熱っぽさを帯びている。次の瞬間、耳元で囁かれた。

「――僕、もう我慢できません」

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