番になれたら(オメガバース)

「おい敦! この唐変木を今すぐ連れて帰れ!!」

 敦が探偵社に戻るなり国木田のこの怒声である。敦は慌ててソファで寝ている太宰に近づいた。フェロモンの匂いが濃い。ヒートが始まってしまったらしかった。

 βである敦ですらくらくらするほどのフェロモンなのに、αである国木田はよくこの太宰を前に正気を保っていられるものだ。

「太宰さん、起きてください」

 声をかけると目蓋が開く。熱っぽい視線が敦をとらえた。

「敦君……」

 敦は常備している抑制剤を太宰に飲ませると、太宰に肩を貸して立ち上がらせる。なぜ敦が抑制剤を持ち歩いているのかというと、Ωである太宰のヒートは不定期で、しかも本人が抑制剤をよく飲み忘れるからだ。

「明日は休んでも構わんから早く行け」

 押し殺した国木田の声。太宰に手を出すまいと必死なのだろう。余裕がない。

 敦はぺこりと頭を下げると、足取りの重い太宰を連れて帰ることにした。

 二人で棲んでいるアパートの部屋にたどり着く。太宰はふらふらと歩いて、敷いてある布団の上に倒れ込んだ。抑制剤が効いてきたのか、フェロモンの匂いが少し薄くなっている。

 うつ伏せになっている太宰は、自分のうなじを指さした。

「敦君、噛んでよ」

 太宰のこの頼みはもう何度も聞いた。しかし望みどおりにしたところで、βとΩは番にはなれない。

「ごめんなさい、太宰さん」

 敦はそう云って、太宰のうなじに歯を立てる。

 ――もし僕がαだったら、このまま太宰さんを番にできるのに。

 願いを込めて何度も噛んだ。それでも二人は番になれない。やがて太宰のうなじは赤い歯型でいっぱいになる。それで満足はしていないだろうが、太宰は仰向けになって敦の背中に手を回すと、胸元に縋りついた。首筋に顔を埋めて息を吸う。

「敦君の匂い、好きだな……」

 太宰は今まで一度も、『敦がαだったらよかった』というようなことは云わないでいた。たぶん、これから先も。それが逆に、敦にとっては辛かった。

 敦は太宰を強く抱きしめることしかできなかった。敦のこぼした涙が太宰の肩口を濡らしていく。

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