しみるから

 敦の作った朝食を目の前にして、太宰は一口だけ食べたと思ったら、箸を持ったまま難しい顔をしている。

「どうしました? 食べないんですか?」

「いやほら……ちょっと口の中が痛くて」

 左側の頬を手で押さえたまま、太宰は憂鬱そうな表情でいる。

 卓袱台の向かいにいた敦が近づいてきて、「見せて下さい」と云うので太宰は素直に口を開ける。敦がよく見ると、左の頬、その内側にぽつんと白い点ができていた。

「あー……口内炎ですね」

「やっぱり?」

 太宰は口を閉じると、箸を置いてため息をついた。

「敦君の作ってくれたご飯、無駄になっちゃうね」

 寂しそうな顔で敦を見てくるものだから、敦は困ったように笑う。

「食べたければ何時でも幾らでも作りますから」

 太宰は湯呑に注がれたほうじ茶に口をつけるが、熱い茶が滲みたのか眉をしかめる。

「あとでゼリー飲料でも買ってきますから、それ飲んで大人しくしていて下さい」

 そう云われてしまうと太宰も返す言葉がないのか、黙り込んでしまう。

 敦は、宥めるように太宰の髪を撫でて左の頬に音を立ててくちづけた。

「はい。早く治るおまじないです」

 太宰は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにとろけるような笑顔を浮かべて敦に抱きついた。

「ありがと」

 微笑みを含んだ言葉。お返しに敦の頬に唇で触れると、二人して幸せな顔で見つめ合う。

「――それにしても、どうしましょうね。太宰さんの分の朝ごはん」

 敦が食卓に目をやる。

 今日の朝食は焼き鮭と具沢山の味噌汁とご飯。捨てるのは忍びないが、太宰の口内炎が治るまでは保ちそうもない。

「敦君が食べなよ。育ち盛りなんだからこれくらい入るでしょ?」

「そうですね。じゃあ頂きます」

 敦は箸を持つと食事を始めた。その様子を傍らで太宰がじっと見ているので、少し居心地が悪い。

「そ、そんなに見ないでもらえます?」

「いいじゃないか。私は君がものを食べている姿が好きなんだ」

 太宰は卓袱台に頬杖をつくと、目を細めてそう云った。

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