読書の秋

「いや〜、すっかり秋になったなぁ。こう涼しいと読書が捗るね」

 太宰はそう云いながら部屋の布団の上で寝そべりつつ、本の頁をめくっている。

「読書はいいですけど、太宰さんってそれ以外の本読まないんですか?」

 敦が指差すのは、真っ赤な表紙に白で棺桶と十字架のデザインが目を引く『完全自殺読本』だ。太宰は暇さえあればこれを開いて読みふけっている。付箋がびっしり貼られた彼の愛読書。それは聞いた話によると彼の生まれる前に出版されて一躍話題になったものの、有害図書認定されて絶版になった稀覯本らしい。

「何を云ってるんだい敦君。これより素晴らしい本なんてこの世にないよ?」

 太宰が熱弁する。敦は本能で「あ、変なスイッチ押した」と思ったが後の祭り。

「これには当時に可能だったあらゆる自殺方法が書かれているんだよ。首吊り、服毒、凍死、入水などなど。

 実際この本は、これに書いてある方法で自殺した人間の部屋から見つかっていることも多いんだ」

 それを聞いて敦はぞっとする。部屋で首吊り死体で、服毒自殺で、一酸化炭素中毒死で見つかる人々。その傍らにはその本が置いてあって――。

「太宰さん。その本、手放す気は……」

「あるわけないじゃないか!」

 きっぱりと言い切られてしまって敦はがっくり肩を落とす。

「内容は全部暗記してるけど、いい本は何度読んでもいいなぁ。

 これを有害図書だと云う人間の気が知れないね。この本はこの生き辛い世から逃げ出したい者たちへの助言を書いた聖書なのに」

 そう云いつつ嬉しそうにぺらぺらと頁をめくる。敦は何か別のもので気を逸らせないかと思案し始める。しかし、何も思いつかない。

「……とりあえず、僕は珈琲でも淹れてきます」

 台所で珈琲を淹れて戻ってくると、太宰は胸の上に本を伏せたまま仰向けになっている。そのまま天井を見つめているようだ。目線はそのまま、敦に問いかけてくる。

「敦君。もう少しして冬が来たら、雪山……もといスキー場にでも行かない?」

「行きませんし行かせませんよ!?」

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