傘の中

「参ったなぁ……」

 夜更けにバーに飲みに出かけて、マスターと少し話し込んでいたら雨が降り始めた。大きめの雨粒がばらばらと店の窓ガラスを叩いては滑り落ちていく。

 マスターが店に置いてある傘を貸してくれると云ったが、太宰は断った。コートのポケットから携帯を取り出してボタンを操作すると、耳に当てた。

「あ、もしもし敦君?」

「太宰さん、今どこにいるんですか?

 雨が降ってますけど……云ってくれれば迎えに行きますよ」

 太宰は丸椅子をくるりと回して、カウンターに肘をついた。

「じゃあお願いしていいかな。

 駅前から裏通りを入ってすぐの、ノーチラスってバーだよ」

 通話を終えると、太宰はもう一杯飲もうと、ブランデーを注文する。

 敦が来たのは、太宰のグラスの中身が半分になる頃だった。

「こんばんは。

 ――太宰さん、帰りましょう」

 それを聞いて太宰はグラスの残りを一気にあおると、会計を済ませて敦と店を出た。

 雨がざあざあ降る軒下で太宰に傘を渡して、敦は自分の傘を開く。

「予報ではこの後、雨はもっとひどくなるみたいです。早く帰りましょう」

 急かす敦に、太宰は面白いことを思いついたと笑顔を浮かべる。

「あ〜つしく〜ん♡」

「な、なんですか」

「相合傘しよ♡」

 敦は困ったように唇を尖らせる。しかし頬はほんのり桜色で、本心から嫌ではないことがわかる。

「仕方ない人ですね。でもこの傘、男が二人も入ると肩濡れちゃいますよ」

 そうして二人は敦が差す一つの傘に収まると、道を歩き始めた。

「太宰さん、随分お酒の匂いがしますけど……どれくらい飲んだんですか?」

「当てたら、何でも敦君の云うこと聞いてあげる」

 太宰は酒のおかげで上機嫌。鼻歌でも歌い出しそうなくらいだ。

 敦は虎の嗅覚でだいたい分かってしまったので、それをそのまま口にする。

「ウイスキーとブランデーですか?

 ウイスキーはかなり飲んでるみたいですけど、ブランデーは僕が迎えに行ったときの一杯だけ」

「当ったり〜。さて、敦君のお願いを聞いてあげよう」

 太宰は敦の頭を撫で回す。敦はちょっと考えた末に、太宰の肩を抱き寄せる。

「僕のいないところで、お酒を飲みすぎないでください」

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