残り半分のスティックシュガー
敦はうずまきで珈琲を頼むと、必ずミルクとスティックシュガーを入れる。それを見ていて太宰は気づいた。彼はいつも半分だけ砂糖を残すのだ。向かいで同じく珈琲を飲みながら、それは孤児院時代の名残だろうなと太宰は思う。
「ねえ敦君。砂糖いらないなら貰っていいかな」
そう声をかけると、はっとした顔の敦と目が合う。
「ど、どうぞ。そういえばいつも癖で余らせてしまってました」
口を折りたたんだスティックシュガーの残りを敦の手から受け取り、太宰は微笑む。ブラックの珈琲に砂糖を溶かしつつ、その琥珀色した水面を見つめる。
「君は優しいから、孤児院でいつも小さな子に砂糖を分けてあげていたんだろう?」
「なんで分かるんですか」
心底驚いたらしい敦が訊き返す。孤児院では甘いものは貴重で、よく取り合いになるだろうと太宰は思ったのだ。
太宰は「さあて。なんでだろうね」といつものはぐらかす調子で答える。それを受けて敦が少し不満そうな顔をする。
「なんか一寸ずるいです。僕は太宰さんの事何にも知らないのに、太宰さんは僕の何もかもを知ってる」
「凡てを知っている訳ではないよ。殆どは憶測」
太宰はほんの少し甘くなった珈琲を啜る。二人が座るのは窓際の席。昼下がりの陽光が射し込んでいる。
「……そうですね。僕が優しいっていうのは間違いです」
敦はカップを置いて俯いた。不揃いに切られた前髪がその顔を半分隠す。
「僕だって砂糖や飴やチョコレートみたいな甘いものは食べたかった。だけど自分より小さな子が争奪戦に負けて泣きじゃくる、その姿を見ていられなかった。まるで少し前までの自分を見ているみたいで耐えられなかったんです。だから僕は甘いものを分けてあげていた。つまり、僕は弱いんです」
「それを世間一般では優しさとも呼ぶんだよ。弱さを知る人間は優しくなれるんだ」
敦の顔が上げられる。その瞳は丸く見開かれていた。
太宰が飲むその珈琲は、何時もよりも一層美味しいと感じられた。
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