禍福は糾えるなんとやら

 太宰の部屋。敦がふと夜中に目を覚ませば、カーテンの隙間から月明かりが射し込んでいる。蒲団から体を起こして隣を見れば太宰が静かに横になって目を閉じている。なんだか心配になって敦は太宰の口許に耳を近づけた。すると、すう、すう、と規則的な寝息が聞こえたので、ほっとして敦は天井を見上げる。

 ほんの少し開いたカーテンからは、夜闇を切り裂く月光。それが二人の寝ている掛け布団と擦り切れた畳を横切って伸びている。そういえば今夜は月が眩く大きく見えるスーパームーンの夜だと、ナオミさんが云っていたっけ。

 敦は愛しい恋人の髪をそっと撫でる。最近「髪が伸びたけれど切りに行くのがめんどくさい」とぼやいていたので、今度自分が切ってあげようかと敦は思う。敦は太宰の癖のある猫っ毛が好きだった。指先からするする逃げていく髪を一通り弄ぶと、膝を抱えて蹲った。

「……ねえ太宰さん。僕こんなに幸せでいいんでしょうか」

 ぽつりと不安を漏らす。

 孤児院を追い出されはしたものの、運良く太宰に拾われて衣食住に困らない環境を手に入れた。おまけに年上の、ちょっと困ったところがあるけれど愛しくて堪らない恋人も出来た。その幸せが敦にとっては時々言いようもない巨大な不安に変わる。

 だって、孤児院にいた頃はいつも嬉しいことがあると、なんらかの形で不幸が襲ってきていたから。例を挙げると、美味しそうな飴を手に入れるとそれは食べる間もなく年上の生徒に奪われる。だから敦は今のこの幸福が何かの拍子に失われるんじゃないかという不安を抱いていた。例えば、太宰が死ぬだとか。

「いいんだよ、敦君」

 耳朶に吸い込まれる言葉はとても優しかった。はっと隣を見れば太宰がうっすらと目を開いていた。包帯の巻かれた腕を伸ばしてくるので、敦はそれを捕らえた。いつも通り、その手のひらの体温は敦よりも少し低い。

「君は幸せになっていいんだ。誰にもそれは邪魔できない」

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