第6章 この狂った世界を自身の力で

第29話 サーバールーム

「──ここは職員室か」


 タイタンと行動を共にし、校内の針時計に記された一時間という時間はあっと驚くほどに早く過ぎ去る。

 進むたびに学生とすれ違わないのは休校ではなく、NPCを作る余裕がなかったのだろうか。


 幾度もの空き教室を通り、目的の部屋に入る前にネームプレートを見ると『職員室』と記載されている。

 プログラミングで続編のゲームを制作するにはノートPCが必要だと思い、この場所を探り当てたのだ。


 最初はノートPCよりも持ち運びに便利なタブレット端末に狙いを定めた。

 生徒たちがタブレットをうっかり忘れて、机の中に入れているのでは……という発案だったのだ。


 そうやって各教室を調べたが、机の中から出てくるのは持ち運びには不便な重たい紙の教材ばかり。

 タブレットに教材の内容がほぼ全て登録されてるので当然の結果でもある。


 そこで二番目に思い付いたのがこの職員室だった。

 今の教職員なら仕事柄、文字の作成やプリント作りなどにノートPCは欠かせないし、色々と必要なアイテムになってくるからだ。  


 職員室にテーブルで眠るノートPC……その言葉の響きはクールでカッコいいんだけどね。


「あちこちに大きな四角い機械が並んでるね」

「そうか、これがサーバールームという場所なんだな」


 部屋の中にはデスクも椅子さえもなく、ところ狭しと2メートルくらいの高さにもなるサーバーが備え付けてある。

 人一人しか通れない狭さにもうちょっと痩せた方が良かったかと思ったけど、今頃それを痛感してもな。


「えっ? ボク未成年だからお酒はちょっと……」

「おい、それはおかしいだろ。何で学校にビールサーバーがあるんだよ」

「おかしいも何もボク小学生だから……」

「あー、面倒くさいなあ。要するに知能も小学生レベルってことか。お約束の設定だな」


 まあ所詮しょせん、クソゲーに魅力あるキャラ設定を求めることが間違いなのだ。

 ゲーム制作の予算が足りないのか、ストーリーもキャラも二の次。

 適当に3Dを表現し、金儲けのためにテンプレを入れる。

 その安楽さが逆にクソゲーを生み出すのだ。


「それよりも早く行こうよ」

「待て、ここは電脳空間なんだ。職員室と見せかけた罠かも知れないだろ」

「そんなの見つけた時に対応すればいいよ」

「はあ……何でそんなに前向きなんだよ。小学生とは思えないほどの決断力に行動力もあるし……」


 僕は先に職員室へと足を踏み入れたタイタンという子供に何かしらの疑問を抱いていた。

 なぜタイタンはこの電脳空間にいたのだろうか。

 イジメられていたわりには社交的だし、決断も早く、すぐに行動を移す。

 こんな大人の駆け引きができるタイプなら、陰湿なイジメにあっても、逆にはねのける行為をするだろう。


「ガイア、のん気にしてたら置いていくよ」

「確かに。出口が分からない以上、この空間で迷子になるのは得策じゃないよな」


 僕は深く息を吸ってから吐き、何も考えずに先を進むタイタンを追って、サーバーのある通路を歩き始めた……。


****


「──はあはあはあっ……」

「そんなに息をきらしてどうしたの?」

「どうした……じゃないよっ!」


 息も絶え絶えな僕は歩むのを止め、アイテムボックスから出したタオルで汗を拭き、乾いた喉にスポドリを流し込む。


 かれこれ一時間くらいはここの通路を探索しただろう。

 一向に見えない通路とサーバーに阻まれ、殺風景で死体が転がる広場どころか、メルヘンチックなお花畑にもたどり着かないのだ……。


「このサーバールームどれだけ広いんだよ! 校内に収まるような作りじゃないって!」

「ガイアもおっさんだね」


 くっ、若い子供の運動能力の高さが恨めしく思う。

 もっとも正論な言い方でもあり、タイタンのストレートな口振りに文句の付けようがない。

 まあ、無理は禁物だし、四捨五入したら、僕も立派なアラサーだからな。


「くっ、小学生のせいかピンピンしてやがる。そのパワーを僕に分けてくれ」

「嫌だよ。そんなことしたらボクの存在が消えちゃうよ」

「……小学生のわりにはそこはリアルな台詞だんだな」

「お芝居じゃないよ。ボクはいつでも本気だよ」

「若いわりには肝も座ってるし」

「えへへ。ボク褒められてる?」

「褒めて伸ばすのがウチの会社の方針だからね」 


 ふとリアルでのIT企業、ブラックだけど人間関係はホワイトな職場、パーフェクトワンダーバードノベルのことを思い出す。


 みんな元気にしてるだろうか。

 何事もなく無事だろうか。

 それを知るにはこの電脳空間の流れを止めるしか選択肢はないんだ。


「……ボク、小学生」

「あははっ、その通りだ。ごめん」


 あっ、ちょっと言葉がキツかったか。

 タイタンの子供とは思えない素早い動きに僕はすっかり彼を大人の対象として見ていたようだ。


「とにかく前に進もうよ。この一本道しかないということは、いずれはゴールにつくということだよ」

「ああ、そうだね」


 今はただ小さな背中に運命を託すしかない。

 前も後ろも未来さえも見通せない僕にとって、タイタンは頼りがいのある救世主だったのだ……。


****


「おい、タイタン、明らかにおかしいぞ。さっきから同じ場所をグルグル往復してるというか……」

「うん、ボクもそう思ってたところ」

「気付いていたのなら教えてくれよ」

「ボク、小学生だから判断力に欠けていて」

「あのねえ、虫歯の治療じゃないんだよ……」


 流石さすがの僕も同じルートを行き来していたら分かる。


 似たようなサーバーたちにも一台一台に特長があって……この子には右側に細かい傷が付いてるとか、あの子には黒ずんだシミがあるとか。

 いやもうこれ、人間でいう所のオーディションでもあり、独創性を感じさせる個性の発掘だな。

 冷徹なサーバーをアイドルに例えるなんて、いよいよ疲れてるな僕……。


「うーん、同じ場所ということはどこかにループする結界を作ってるくらいしか……」

「ガイア、おもしろいもの見つけたよ」


 タイタンが床に落ちていた透明な容器を拾って、キラキラとした目で頬にスリスリする。

 そんなタイタンとは対象に僕はコマンドを開き、歩くだけで自動で作られ、マッピングされた地図を確認する。

 念の為、何度も見ても、同じ所を進んでいるという経路はない。


 何だよ、明らかに迷ってるはずだよね。

 クソゲーな上、この地図も用済みということか。


「あのさあ……キミのお遊びに付き合ってるほど暇じゃないんだよ。僕は元居た世界を救いたいんだから……」

「だったらこの水鉄砲でサーバー何たらに直接攻撃できないかな?」

「あっ、それってまさか!?」


 タイタンが水鉄砲を構えて、ポーズをとるのに既視感を思い浮かべた僕はタイタンの柔軟な発想に心が揺れ動いた。


「タイタン、頭いいな。水を撃ってサーバーをショートさせると言うことか!」

「うん。理科の授業で習ったんだ。ろうでんって言うんだよね」

「ああ。機械は水が大敵だからな」


 僕はタイタンから貰った水鉄砲片手に手初めに横に並んであるサーバーに向けて撃つ。


『ドォォォーン!』


 放った水の連射によって蒸気に包まれたサーバーから通信中のランプが途切れて、暗闇の部屋となり、天井にあった非常灯に明かりが灯った……。


****


「……やったか?」

「ガイア、あれを見てよ!」

「ああ。女の子がサーバーに縛られてるな……とにかく助けないとね」


 ──水鉄砲の反逆により、勝利を確実なものとした僕とタイタンはサーバーが開けた大広場に出てきて、メインコンピューターとも呼べる巨大な樹木サーバーに着いた。

 だが、樹木には黒い着物姿の若い女性が黒い紐で縛られていて、弱々しい表情を見せる。


「おーい? 大丈夫か。今ほどいてやるから」

「……お主か」

「僕は通りすがりの者なんだけどね」


 あれ、女の子の体に巻き付いてるのは紐ではなく、電気の配線コード?

 それに体のあちこちに点滴のように繋がっていてるし……これコードが絡んでるわけじゃなく、エネルギーの供給源なのか!?


「……お主が我がサーバーたちに水をぶっかけたのかああああー!」

「ふえ、何のことかな!?」


 部屋の予備電源が作動し、女の子がパチリと目を覚ますと、僕の腕からジャンプして逃れ、天井の方へとゆらゆらと浮かぶ。


「ドラレコに映像も残っておるのじゃ。誤魔化すでないっ!」

「……ドライブレコーダーって車に付けるものじゃあ?」

「喧しいわ、この下人如きが!」


 女の子はコードを自由に操りながら細長い糸に形状を変化させ、即座に攻撃を仕掛けてきた。

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