第28話 電脳空間での続編
──電脳空間の先は大きな緑が生い茂る、薄暗い森の中だった。
樹木の隙間から雨雲が流れ、葉っぱの間から大粒の水が滴ってくる。
どうやら今回のダイブ先では雨が降り注いでいるようだ。
ネトゲにしては、よく作り込まれた背景だな
おっと、感傷に浸ってる場合じゃない。
この世界を支配しているタイタンを捜さないと……。
「やーい、何とか言ってみるよ。チビ!」
近くで誰かが喧嘩をふっかけてるのか。
まだ声変わりもしていない数人の男の子の声。
その声を辿るように歩いてると、突然、閉鎖空間のフィールドに切り替わり、気付くとどこかの学校の渡り階段を上がっていた。
「お前のような冴えない男が勇者になれるわけがないだろ!」
「そんなに強くなって女にモテたいんなら、飼育小屋でメスのニワトリの相手でもしてろよな!」
声の主からして三人か。
罵るような発言に対して、反論の声が一切ない。
僕が想定するからに、どうやら対等な喧嘩ではなく、一方的なイジメらしい。
「これは放っていたら、ヤバメなコースだな」
イジメは時と場所によって違うが、被害者の心の傷がつくのは
その後、加害者の親らは周囲から叩かれ、追い詰めれて、被害者と同じ道を行く結果にも……。
僕は一大事にならないよう、慎重にかつ、足早に階段を駆け上がる。
数秒後、渡り廊下に出て、すぐ側のドアの上にあるネームプレートに3−Aと印字された紙。
なるほど、教室の幼気な生徒の姿からして、ここは小学校という設定か。
「おい、こら、お前ら。どんな理由であれ、寄ってたかって、弱い者イジメしてんじゃないぞ!」
僕は教室のドアを強引に開けて、一気に突入する。
いくら相手が小学生といえど、油断はできない。
こっちの隙を見せたら駄目だ。
でもそれだけ考えが未熟だということ。
勢いに任せて突っ切れば、後はどうにかなる。
「ゲゲッ、あの胸に付いたエンブレムは勇者のあかしだぜ!?」
「ああ。捕まったら、チャーシューどころじゃすまないぜ」
「なる。大の大人がきっこうしばりか、嫌な趣味してんな」
とても小学生とは思えない会話だが、タイタンが創作したフィクションの世界なら納得がいく。
しかしこんな場所で異世界のお土産屋で買った勇者のエンブレムが役に立つとは。
今はただクソゲーに感謝だな。
「いいからとっとと帰れ。恥さらしたちめ!」
「うわー、野郎に犯されるぞー!」
「誤解を招くことを言うんじゃねえー!」
「わっー! 怒れる大人だあああー!」
ワイワイと騒ぐ子供に負けじと大きな声で追っ払う僕。
その騒ぎの元凶になった一人の男の子、まだ幼い面持ちのタイタンに歩みながら……。
****
「……ううっ、ぐすっ……」
「ほら、いつまでもメソメソしてないで立てよ。男の子だろ」
「ううっ……」
男の子のわりにメソメソと泣く、坊ちゃん刈りのタイタンの頭を撫でる。
ただの気休めにならないかも知れないが、少なくとも安心感は生まれるはず……。
「イジメる方も悪いけど、イジメられる方にも原因があるんだよ。だから泣いてないで、前を向いてさ」
僕が白いハンカチを差し出すと、タイタンはちーんと鼻をかむ。
あのなあ、それはティッシュじゃないんだぞ。
「……お兄さんはどうして見ず知らずのボクにこうまで優しくしてくれるの?」
「そうだな、お前さんの助けがここまで聞こえてきたんだよ」
「えっ、ボクそんなこと一言も?」
「だろうね。でも僕の心には届いた。それだけのことさ」
思ったままの発言にタイタンがボーとしている。
不思議そうな顔つきから、冗談が通じないこともよく理解できる。
「なあ、タイタンとやら?」
「はい?」
僕の呼びかけに背筋をピンと伸ばす。
その反応からして何か、別のことを考えていたか。
「良作のゲームが作りたいなら、いつまでも自分の殻を被っているわけにはいけないぜ」
「そうかな? ゲームはテンプレさえあれば売れる作品になるとボクは思うんだけど……」
「でもな、そのやり方が矛盾し、トンデモナクエスト10はクソゲーの烙印を押されたんだ。ありきたりのゲームなんて巷にいくらでも溢れてる」
幼い顔に似合わず、大人の意見を口にするタイタン。
僕はそれに言葉を上乗せし、さらに辛口な返答をする。
「お兄さんはどうしてそんなにゲームに情熱を注いでいるの? タダの仮想空間なのに?」
「仮想空間は現代社会の疲れを癒やす大事な空間なんだよ。だから中途半端な作品はクソゲーに成りがちなんだ」
タイタンの問いかけに、この世界には金と欲を注ぎ込んでも、思う通りに売れなかったクソゲーが山程、溢れてることも伝える。
何も事情を知らないタイタンは困ったように首を傾げるだけだ。
「だから僕と一緒にトンデモナクエスト11を最高の神ゲーにしようじゃないか!」
「えっ、10が世に出たばかりなのに、もう新作を作るの?」
この電脳空間に飛び込む際に、僕が心に決めた揺るぎないこと。
それはとんでもない出来栄えのクソゲーの続編を良作にし、一から立ち上げてゲームを制作するという画期的なアイデアだった。
「休暇には目もくれず、常に人を喜ばすために脳をフル活用する仕事。そんなクリエイターに休みなんてないのさ」
「うん、分かった」
いつからだろう。
ただクソゲーの記事を書くだけの自分から、純粋に記事ではなく、自分でプログラミングし、世に出回るクソゲーを少しでも減らしたいという気持ちが芽生えたのは……。
僕はプログラミングだけでなく、売れないゲームライターとしても腐りたくないんだな。
「ガンバロー、お兄さん」
「そうだな。よろしく頼むぜ」
僕とタイタンは熱い握手をして、名もなき教室から立ち去ろうとする。
僕らの戦いはこの学校という世界から始まったばかりだ……。
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