第30話 人智を超えたバトル

「フフッ、そんなちゃちな攻撃なんて受け止めてやるよ!」

「ガイア、避けて!」

「へぶっ!?」


 何を思ったのか、女の子の攻撃と同時に、僕に重なるように飛びかかってくるタイタン。

 当然のことながら僕の体は急な重みに耐えきれず、クリーム色のリノリウムの床に前のめりで倒れ込む体勢となる。


「いきなり何するんだよ、この自称小学生が!!」

「ボクは嘘偽りのない小学生だよ」

「小学生がそんな難しい言葉の表現を使うかって!」

「それは小説を嗜んでいるからだよ」


 口に入ったホコリを吐き捨て、冷静さを失った僕はタイタンに暴言を吐く。

 何の小説か知らないけど、人の邪魔をする不届き者にはガツンと言わないと。


「それよりも見てごらんよ」

「何で上から目線なんだよ……うっ!?」


 タイタンが指をさしたリノリウムの床が大きく裂けている。

 まさか、あの髪の毛のような攻撃がこれほどまでとは……。


「コイツは酷いな……」

「ねっ、避けて正解だったでしょ」


 何も知らずに特攻していたら、僕の命の方が逆に危うかった。

 タイタンの咄嗟の判断で助かったのは認めるけど……。

 僕よりも一回りも違う年下の男子小学生が敵の特殊な攻撃を見抜き、おまけに助けられるなんて、何か腑に落ちないな……。


「正解はともかく、ちゃんと言ってから行動に移してよ。キミは無鉄砲過ぎるよ……」 

「持ってるのは水鉄砲だけどね」

「しかも天然ときたか……」

「うん?」


 タイタンが不思議そうな表情で尻もちをついている僕の手を取る。

 確かに見かけからして、この子はまだ小学生の低学年で幼い子供だ。

 だけど、この素早い判断と身のこなしは強力な武器にもなる。


「妾を無視して何をごちゃごちゃ申しておる。次は外さぬぞ!」


 妾というからに結構な歳なのか。

 ロリフェイスな女の子が着物の袖口を見せて、長ひょろい糸のようなものをこちらに飛ばす。


『ビュン!』


 それは糸でも飛び道具でもない。

 目を凝らしてみると、体を這うように巻き付いていた細くて長い配線コードであった。


「何の。からくりが分かれば、避けるのは容易いことだよ」

『ビュン、ビュン!』

「でも僕はその想いを受け止めたい」


 僕はできるだけ女の子の攻撃を引きつけて、タイタンの守備範囲から離れるように少しずつ距離を遠ざける。

 タイタンのフォローがいくら上手くても完全に攻撃を防ぐという手段はない。


 一方的な攻撃は時に鉄壁な防御さえも突破できる。

 守られてるだけじゃ、いずれ包囲網は解かれるのだ。


「ガイア、あっ、危ないー!!」


 タイタンが僕の方に近付こうとしたので、その場から大きく横飛びをする。

 リアルでの運動神経の良し悪しはここでは関係ない。

 ゲームの世界では誰しもが超人のような動きができるのものだ。


『ビュン、ビュン……ビューン!!』


 僕のトリッキーな動作にも反応する女の子。

 だけど予想外だったせいか、攻撃のスピードがやや落ちている。


 対象者の周囲を動き回り、相手の心理さえもかき乱す。

 ここまでは僕の想像してた通りだ。


『ビュン、ビュン……ガキィィーン!!』

「なぬ……妾の攻撃を受け止めただと!?」


 僕はその隙をついてアイテムボックスから銀色の道具を出し、女の子の紐による動きを封じる。

 女の子にとっては予期せぬ事態だったせいか、クリクリとした目をさらに大きくしていた。


「言っただろ。手品の種が分かれば防ぐことは簡単だって」


 僕は持っていた銀色のフォークでコードをクルクルと右の利き手で丸め、もう片方の手で紐を繰り寄せ、女の子との間合いを徐々に詰めていく。 

 流石さすがに両手が塞がっていればアイテムボックスは使えない。

 今の僕が持っているのはこの世界でも重宝する野営用のフォークとナイフしかない。


「フォークというものは上手く麺を絡めるため、比較的頑丈に出来ている。何度も改良を重ねた結果がコレだよ」

「ぐぬぬ……お主分かっていて、妾の懐に飛びこんだのか……」

「うん。この距離なら確実かと」


 僕はナイフを女の子の首に添えて、一気にけい動脈をかき切る。


『ザシュ!!』

「ぐああああー!?」


 女の子が首からの流血を瞬時に止めようと回復魔法を使おうとするが、強力な魔法になると片手では発動することができず、痛みに耐えきれずに両ひざを床につける。


「やれやれ。どこの世界にも守護神ガーディアンっているんだな。強いし硬いし、毎度ながら疲れる相手だよ……」


 時に王様との力試しをしたこともあったな。

 あの頃は何もかもが新鮮で、あんなにも冒険が楽しいとは思いもしなかった。


「ぐあああ……なんてね」

「えっ?」

『ビューン!』


 痛みで苦しんでしゃがんでいた女の子が急に真顔で立ち、例の配線コードをムチのようにしならせる。


「ガイア、離れて!」

『ビュー、ビューン!』

「くっ!」


 後ろにいたタイタンがいち早く反応するが、急には動けない。

 プレイヤーの動きを人工知能で計算し、丁寧に再現するのに僅かなタイムロスがあるのだ。

 ある意味、どんな時でも人間の動作を忠実に再現する真面目な性格。

 それはVRゲームならではの欠点でもあった。


「惜しいの。もう少しズレていたら致命傷じゃったのに……」

「お前、不死身なのか!?」

「そんなわけないじゃろ。単にお主が弱いだけだよ」


 利き手じゃない腕から滴る血。 

 片手で開いたステータス画面では危険な値なHP10。

 一撃でやられなかったのは前もって常備していた、身代わりアイテムなどの補助道具のお陰か。


「さあ、初手ではキミの攻撃を敢えて受けてあげたんじゃ。ここからは妾の本当の実力を思い知らせてやるとするかの」


『ビュービューン、ビュウウーン!』

「うわあああー!?」


 駄目だ、さっきと違って動きが多彩だし、攻撃のモーションが速すぎて目で追えない。 

 肉眼では反応できないということは、当然のことながら避けることもできないということだ。

 迂闊うかつだった、相手は弱いと見せかけて、僕の実力や能力を探っていたのだ。

 今までそれだけ手を抜いて戦っていたということか。 


『ビュウウウーン!』 

「うわああああー!?」 


 そのままコードが巻き付いた僕は樹木のある根っこへと叩きつけられる。


『ドカーン!』

「ガイアー!」


 砂ホコリが舞う中で、僕はダメージのない樹木に背中を預ける僕。 

 圧倒的な力の差を見せつけられ、今までのガーディアンとは格が違うことを思い知る……。  


 ……でもこんなに強かったら、初めの攻撃で仕留められたはず。

 だけどどうして初手はわざとこちらの攻撃を受けたんだ?

 ハッタリとはいえ、無謀な賭けをするように敵は見えないし……。


 傷だらけの体でふらつきながらも立ち上がり、不意に足元に転がっている水鉄砲が視界に入る。

 女の子の攻撃に気を取られ、タイタンが落としたものか……。


 待てよ、もしかして……。

 何か思い当たる節を感じた僕は落ちていた水鉄砲を女の子へと構える。


「アハハ。そんな殺傷能力もない水鉄砲で何ができるのじゃ!」

「くたばれ、若造があああー!」


 女の子が無数の配線コードを僕に放つ。

 まるで大波のように襲いかかる攻撃に僕は真っ向から受ける。


「ガイアー、バカなマネは止めてよー!」


 ああ、僕も勝ち目のない戦いは好きじゃない。

 初めから勝ち目がなかったらね!

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