第18話 氷の洞窟での再会
──地下三階は今までとは違い、氷の景色が広がっていた。
天井には無数のつららがあり、床はスケートリンクのように凍っている。
床を歩くたびにつるつると足が滑り、バランスを保てなくなり、氷の床で片ひざを下ろす。
「困ったなあ、僕は滑れないんだけど……」
いくら運動神経がないとはいえ、勇者を目指してるのに、身近な滑りもできないとは、先が思いやられる。
そうやってのらりくらりとかわし、北国に行ってもそこで立ち往生し、その間に他のパーティーメンバーが魔王を倒す……という最悪な推測が浮かんでくる。
──お前、勇者だろ?
何、のんびりと茶菓子を食ってんだよ。
フジヤマさんなら、そう言って激怒するに違いない。
僕にとって悪の存在となったフジヤマさんの心に、正義感というものが残っていたらの話だけどね。
「しかしこんな寒さじゃ、松明もすぐに消えるよね」
僕はアイテムボックスから出した毛皮の防寒具『ファーの守り服』を鎧の上から着込み、もう何回目か分からない松明の先端に魔法で火をつける。
その度に洞窟の奥から吹き込む強い風により、松明はただの棒と化してしまう。
まるで、この洞窟全体が呼吸しているように……。
「まあ、とりあえず置かれた現状をどうにかしないと」
僕は目の前にコマンドを開き、ネットに接続し、滑りにくい靴をネット画面から注文する。
異世界での靴のサイズの測り方がよく分からないが、フリーサイズにしておけば問題はないだろう。
そうしてこちらに速攻で届いた小型のダンボールの荷物には丁寧に梱包された靴があった。
それが当たり前なんだが、この異世界では手数料や送料とかもないし……。
まあ、異空間を飛び越えるような人間もいないから深く考える必要はないんだけど……。
リアルでネット通販をよく利用していた身にとって、何だかしっくりと来ない……。
さて、これで氷の床も安心して進める。
この先にモンスターが来ても、十分に対抗できるだろう。
まあ、灯りがあればの話だけど……。
「こんなことがあるんだったら灯りの魔法くらい覚えていれば良かったな……」
「いや、待てよ?」
僕は自分がプログラマーの職に付いていたことを思い出し、手元のキーボードに必要項目を入力する。
普通の松明による火は突風に対しては不利とこの身を知って、断定できた。
だったら消えない松明と入力したいが……いや、どんな強力な火種でも風の勢いには耐えられない。
周囲が氷の部屋ならその状況に合わせて道具を変えて……目に目をというリアルで有名な偉人の言葉があったよね。
「この際、アイストーチなんてどうだろう。氷の炎なら消されることもないだろうし」
現実世界のニューヨーグの自由の女神像から得たイメージであり、その女神像が永遠に消えないトーチを持ってるという発想からだったが、これならイケるはず……。
僕はアイストーチをこの世界での新たなアイテムに作り上げるため、ゼロからこのアイテムそのものを作り上げる。
なぜ、1から作らないかって?
現実世界ではこのアイストーチというアイテムが実在しても、アイスクリームとして検索され、アイストーチという照明自体が実在しないからだ。
つまりサンプルがないから、自分で考えて作るしかないのだ。
しかしこれがまた、結構骨のいる作業だった。
元が氷でできてる本体を作るにも、それを棒状に削って加工する技術=スキルというものが必要らしく、スキル未習得の僕にとって難問の壁だった。
……となれば、
ただ闇雲に氷を削っても耐久性を超えて半分に割れたり、丁寧にコマンド入力しても棒にヒビが入って使えなくなったり。
これ、下手な数学よりも難しいよ。
さらに問題なのは氷の炎という物質だ。
そもそも科学の授業で学ぶものだが、氷と炎は相反対する物質通しである。
氷は強い炎に溶かされると氷が負けてしまい、逆に氷を強くすると炎は消えてしまう。
そのどちらにも傾かない氷の炎の作り方がどう考えても纏まらないのだ。
こうしてる間もフジヤマさん連中が世界を侵略しつつある。
もう諦めて暗い洞窟を進むしかないのか?
「──だから言ったでしょう、ノーツ。彼にはこれ以上の攻略は無理ですわ」
「はい、そのようですね。ウェンお嬢様。どうやらワタクシの判断ミスだったようですね」
近くの洞穴から聞き覚えのある二名の女性の声が響いてきて、僕の頭上に一つのテニスボールのような光の玉が出てきた。
すると何らかの合図か、暗がりの洞窟が見違えるように明るい部屋となる。
「おい、そこのガイアとやら!」
「おう、渡りに船とはこのことだな」
奇遇か、それとも運命か。
僕と同じくファーな防寒具を着た懐かしの二名。
あの魔法戦士ノーツとパラディンのウェンに再会するとは。
「アンタさあ、何考えてるの? 錬金術のスキルもないのに、材料も分からないアイテムをゼロから製造できるわけないでしょ」
「じゃあ錬金術とやらを習得すればいいんだな。とりあえず街に戻ってと……」
今の僕にじっくりと考える余裕はない。
この洞窟からシーサイドボクシーキャッスルに戻り、冒険者ギルドに行けば錬金術とやらが覚えられるはず……。
「ちょっと待ちな。このダンジョンから急に抜けるには専用のアイテムか、脱出系の魔法が使えないと無理だよ」
「ええ。ノーツの仰る通りです。現に上り階段は下りた直前に消失しますし」
「あー、だったらどうすればいいんだよ。脱出の巻き物は一つしかないし……」
僕にはおじいさんから譲り受けた必勝のアイテムがあるんだ。
僕の言葉に差し詰め、ノーツが意外そうな表情でこちらの顔を覗き込む。
「えっ? 持ってるの?」
「うん。村のおじいさんが親切にくれてね」
「そんな村とかなかったけどね?」
「……ですわね」
どうしてか、同じダンジョンに入ったわりには彼女らと言葉の内容が噛み合わない。
おかしいな……。
初めから村が、デビルメイビレッジと呼ばれた村がなかったような口振りだ。
「あー、面倒だな。スキルもだけど、僕はこのダンジョンで癒やしの薬草も手に入れないといけないんだぞ」
「へっ、それって?」
僕の言い分に過剰な反応をする女子二人組。
一体、僕を何様だと思ってるんだよ……。
「ガイア様、その草とはこの『黒水晶の草』のことでしょうか?」
「魔素の中毒を癒やす薬草なんだけどね」
──このダンジョンの最下層、およそ99階。
最下層のみに存在する黒水晶の傍に生えている草であるが、ついでとしてダンジョンのボス、アシッドレインゴーレムとなるモンスターがひかえているらしい。
しかもボスはレベルが120くらいあり、レベルが一桁な僕では自力で採ることも難しいと……。
「このボスの耐久値がとにかく硬くてさあ。ワタクシでも大苦戦だったよ」
「洞窟を守るガーディアンという代物ですわね」
アシッドレインと呼ばれるからに湿気を帯びたゴーレムなのだろう。
魔法戦士にとって力の強いゴーレムは天敵だろうし、湿っているから火や水系の魔法は効きにくい。
何しろ剣で斬ってもダメージを無効化する濡れた泥のような体格。
ウェンに頼んで、一緒に氷魔法で瞬時に凍結させると、今度はボディーが鉄のように硬くなり、魔法が切れたら泥に戻り、攻撃を無効化するの繰り返し……。
一本の草を巡って、相当苦戦したんだね。
「なあ、君たち。ちょっとその草を僕にくれないかい。金貨10枚で買い取るからさ」
「何を喋ってんの。そんな値段でこの草を渡せるわけがないでしょ」
「何だよ。だったら金貨100枚で」
「あのねえ、草ごときにそんな値段なんてあり得ないし……」
「なら有り金はたいて!」
ネットオークションのように金貨の布製を積み上げていく。
どれだけの価値があるのかは不明だが、一本しか生えてないという草だけに出し惜しみをするわけにはいかない。
珍しい草だけに今度、手に入るまでどれほどの時間を要するか……。
「ガイア様、お気持ちは察しますが、そんなに出しましたら、このダンジョンで野宿になりますわよ」
「この辺は虫のモンスターもいるからね。働きアリはともかく大ムカデとかもいるからね。毒性の強い牙で噛まれたら、寝てる間にゲームオーバーだよ」
「それは恐ろしいな……」
誰だって巨大な虫は苦手だろうが、それがモンスターとなって襲いかかるんだ。
でも生き物も餌もいそうにないこんな氷の場所で、どうやって生息してるんだろう。
「だったら取り引きをしないか。僕が持っている秘匿の情報を君たちに明かすからさ、だから──」
「取り引きも何もこのダンジョンに潜り込んだきっかけは同じでしょ」
「えっ、今なんて?」
ノーツの謎めいた答え方に頭の中が真っ白になる。
寒さは服でカバーできても、冷めたジョークはカバーできないのだ……。
「ワタクシたちもフジヤマ様を救いたいのよ。あの御方はワタクシたちの恩師でもあるんだから」
「はあ? フジヤマが!?」
彼女らの口からフジヤマさんの名前が出てきて、やっぱ、あの女たらしな男なんてさん付けじゃなく、呼び捨てでいいやと思ってしまう。
「自分たちは昔、フジヤマ様とパーティーを組んでいまして、今のような上級職に昇格されたのも彼のお陰でありまして」
「要するに君らも魔素中毒になったフジヤマを救いたいと?」
「そうよ。ようやく置かれた状況を飲み込めたみたいね」
置かれたも何も初耳なんだけど。
クソゲーだけに情報収集も抜けてるときたもんだ……。
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