第17話 作られた花畑
──地下二階。
下りた場所は一面お花畑のフロアだった。
咲いている花はチューリップだろうか。
赤や黄色のコップ型の花がそよ風により、左右に揺れる。
当然のことだが、ダンジョンなので天井があり、太陽の光は届かない。
花が育つには良質な土、適度な水分、そして呼吸をするための二酸化炭素が必要で、どれか一つが欠けると生育が追いつかず、枯れてしまう。
「だったらこの花はどうやって咲いてるんだ?」
僕はチューリップの花畑に近付き、改めて観察していると、とんでもない柄のチューリップも咲いていた。
青色に緑、さらに灰色に黒まで。
遺伝子組み換えで作り出したのか。
それとも……。
僕は一つ一つの花を手に取り、ウィンドウの検索で調べ、生態を詳しく調べてみる。
『ギィィィィー!』
その途端、無数の花に隠れていた一輪の花が花びらから牙を見せ、無防備な僕を襲う。
チューリップによく似た食虫植物のセラセニアンか。
長く伸びた草のつるで手足を縛って動けなくして、そのまま捕食する。
捕まるとつるが体に食い込み、逃げることは困難になる。
おまけに幻覚の花粉を振りまいて神経に影響し、完全に動きが封じられるときたもんだ。
モンスターの中では手強い相手だが、半人前の僕でも一体くらいなら、不意に攻撃されても何の障害にもならない。
上空から熱い炎のシャワーを放てば、こんなモンスターだって黒焦げ確定だ。
「そんなわけでステラ、ここは火の魔法でドカーンと派手にやってくれ!」
「……」
『ギィィギィー!』
「ははっ。いくら優秀な魔法使いでも、そう都合よく現れないよな」
僕のひとりごとに反応するセラセニアン。
こちらに意識を向けるといい、人間の言葉が分かるのか?
家で育てる観葉植物に向かって挨拶や愛情を持って育てると生育が良くなり、品の良い果物が採れたりとも聞くが……まさかね、そんなんあったら気味が悪いよな。
まあ、植物相手にひけを取るほど、僕は弱くはないし、距離を取ってクリティカル発動の攻撃スキルで一撃だろう。
相手と距離を離すのはスキル詠唱に数秒の間が空き、その間、ガード使用不可などの無防備状態になるからだ。
「それじゃあいくぜ!」
『ムーンウォーカー!』
スキルにて前を向いたままの体勢で、体を後ろにずらして歩く僕。
かの有名なダンサー、マイケルタクソンのムーンウォークのダンスを戦闘用にアレンジしたスキルだ。
マイケルのファンだったリアルでの女の子のプログラマーが思い付いた、後付けの設定だったが、まさかこんなところで役立つ時が来るとは……。
是非とも張本人の彼女にも見せたかったけど、上司から激務な仕事を押し付けられて、耐えきれずに辞めちゃったんだよね。
今で言うパワハラってやつだな……。
リアルにはプロテクトがかかって戻れないけど、みんなあれから元気にしてるだろうか……。
──僕はセラセニアンと十分に距離を離し、次のスキル『クリティカルカウンター』の発動のため、3秒ほど膠着する。
「よし決めるぞ、クリティカルだ!」
3秒も何もしなかった律儀な食虫植物相手に、僕は前に進もうと足を突き出そうとする。
しかしどういうわけか、足が固定されたように動かない。
水はけが悪く、土にぬかるんでいるわけでもなさそうだ。
「まさか、別の何者かに足を封じられて!?」
『フフフッ。ソノトオリデアル』
身動きもままならまい僕は声がした洞窟の方角に顔だけを向ける。
「誰だ!」
『ゲンワクキノコトとやらダヨ。ヒッヒッヒッ』
「なるほどゲンワクキノコか。マニュアルではもっと最下層にいるモンスターと表示されていたが……?」
手足が生えていて、トコトコと歩いてくるキノコの形そのままな人間。
幻覚の胞子をばら撒き、その作用で様々なないはずの人や物などを見せる侮れない菌類系のモンスターだ。
見た目キノコなのに片言の言葉を話す感じから、食用にすらもされず、魔の巣食うダンジョンの瘴気でモノノケと化したか。
「ココノダンジョンの
「くっ……、ということはこの花畑は最初から幻覚だったのか……」
「ソウダヨ。キミは既に術中にハマッてイタノサ」
「確かにイタいタッグだな。だけど二匹とも僕の敵じゃない」
「ナンダと? 減らず口ヲ」
地下二階だけあり、どちらとも工夫すればノーダメージで倒せる雑魚だ。
だが弱いからと油断はできない。
その弱さがこのように牙をむくこともあるからだ。
『特殊スキル、縄抜け!』
「オウッ!?」
僕はスキルで簡単に足場のつるから逃れて、素早く後方へ下がる。
その僅かな時間に次の攻撃スキルを唱えていた。
『──からの、クリティカルスライダー!』
『ズササササーン!!』
緩やかな残像を残しながらもナイフを構え、有無も言わさずスライディングタックルでゲンワクキノコとセラセニアンに鋭い突きの攻撃を繰り出す。
『グワアアアー!?』
二匹のモンスターは呆気なく消滅し、地面に数枚の銅貨だけが残った。
異質だったチューリップの花畑も綺麗さっぱり無くなり、手入れのないゴツゴツとした岩盤がやたらと目立つ。
「そうか。早くも長に目をつけられたか……」
僕はナイフを鞘に収め、地下三階に繋がる古びた石の階段を降りる。
これからは厳しい戦いになるだろう。
でも後戻りはできない。
僕は治療薬の草を見つけ出し、闇に染まった彼らを救うと心に誓ったのだから……。
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