第13話 ライオンキングとの勝負(2)

『クリティカルヒット!』


 僕はライオンキングの前方から横に移動して身を屈め、会心の一撃を毛むくじゃらな脇腹に当てる。

 鎧から露出した肌になら直接的にダメージが通用すると思ったからだ。


「フフッ、とんだ甘々小僧だな」

「なっ!?」


 突きに変えた剣をギリギリの体勢で捻って避けて、僕の突き出した剣ごと腕を掴み、予想以上の怪力で持ち上げてから、そのまま叩きつけるように地面に投げる。

 クリティカルのスキルを使用した直後で体が膠着こうちゃくし、無防備な僕に対してだ。


「終わりだ、小僧ー!」

「うわあああー!!」


 受け身を取ろうとも両足を掴まれたままなので何もできない。

 慌てふためくこともできないとは、まさにこのことだ。


「きゃあ、ガイア様!?」

「ここからじゃ、見ることしかできないのはちょっとなあ……」


 僕の名を悲痛に叫ぶウェンと困り顔のノーツの顔が視界に入る。

 そうか、フィールドの空間に入れなくても、こちらの戦いは丸見えなんだな。


『シャドウスライド!』


 危うく大地の肥やしになりかけた僕は影となってスライドし、ライオンキングの後ろ側に回り込んだ。

 このスキルにより、ライオンキングは何も手にしてなかった状況で拳が大地に当たる。


「むむっ、残像か」

「そんな生優しいものじゃないよ」


 ただ避けるだけならビギナーでもできる。    

 問題はこの不利な状況をどうひっくり返すかだ。

 僕は体を後ろに引いたまま、ボロい長剣の柄に力を込める。


『トルネードスラスター!』


 一人の存在が五人の分身体となり、超高速な突きの連続攻撃を叩き込んだ。

 秒にして三秒あたりの連続攻撃、さらにガード不可能のクリティカルスキルを攻めに転じて、上手く併用したのだ。     


「ぐううう……」


 ライオンキングも唸り声を漏らし、ひざをつくのも当然だ。 

 人間の肉眼では捉えきれない音速の攻撃、100ヒット以上の突き攻撃を食らったんだ。

 いくら頑丈な体でも激しい衝撃で脳にもダイレクトに響くはず……。


 ──リアルでのスマホからのチュートリアルで知ったボロくて使いづらい大剣の使い道。

 切れ味が悪くても、体重をかけて突いてみるとそれなりのダメージが……という先人の知恵から学んだものだ。


 まあ、その先人たちもこのクソゲーに愛想を尽かしたのか、この世界で出会いもしないし、ギルドでの冒険者のクレジット名すらないという噂だけど……貰える情報は遠慮せずにいただいておこう。


「いくら百獣の王でも手数の多さなら防ぎようがないだろ」


 どんなに動きが素早くても無事で済むわけがない。

 ウィンドウでの敵側のライフゲージが3分の1ほど減っているのが目に止まる。

 まあ、こっちはHP8しかなく、一発攻撃を受けただけでゲームオーバーだけどな。


 僕の攻撃でホコリまみれの観客席に吹き飛ばされていたライオンキングがホコリを手ではらいながら、僕の元へと飛翔する。


「さてとウォーミングアップもここまでだな。ここからは本気でいかせてもらおうか」

「なるほど。道理どうりであっさりと食らっていたんだな」


 ライオンキングの鎧には所々に穴が空いてるが、血は一滴も垂れてなく、いかに鎧が丈夫な作りで装備者も頑丈な体=ステータスというのを改めて認識する。


 コイツは厄介だな。

 あれほど減っていたHPも全快してるからに、自然回復もできるアクセとかも装備してるのか。


『クリティカルヒット!』


 だったら回復する時間をあたえる暇もなく、通常の倍以上のダメージを積み重ねるまでだ。

 僕はしゃがみこんだ低い姿勢でそこから上へと剣を斬り上げる。


「ふぬっ!」

「なっ!?」


 すると僕の動きを読んでいたのか、ライオンキングが平手で僕の刀身を軽々と受け止めて、今度は僕を観客席へと投げ飛ばす。


「くたばれ、小僧めがー!」

「うわあああー!?」


『特殊スキル、スローモーション!』


 僕は一分おきで数回だけ使用できる特殊なスキルを発動する。

 その途端、ゆっくりとした動きとなり、とりあえず体育座りで衝撃を和らげることにした。

 迷わずに使用するかで生と死を左右する力技のスキルでもあるのだ。


『ドカーン!』

「……いててて」


 崩れ落ちた瓦礫を頭にのせたまま、前方を塞ぐ壊れた椅子を蹴飛ばし、その場の空気を大きく吸う。


 スローモーションのお陰でダメージは0。

 今まで僕の攻撃を避けていたのは、こちらの攻撃の軌道を読んでいたせいか。

 初めからちゃちな剣を受け止めることは可能だったんだ。


「必殺、忍びの咆哮!」

『アオオオオーン!!』


 ライオンキングが雲一つない天空に雄叫びを上げて、僕の方へ突っ込んでくる。


「くっ、体が痺れて動けない……」


 HPも半分以下に減り、何かの特殊スキルを身に受けたのか、ピクリとも体が反応しない。

 あの雄叫びが何か関係してるのか。


 もう駄目かときつく目を閉じて、ライオンキングの剣が僕の鼻先に付き刺さろうとした瞬間──。


『ビービービービー!』


 ──画面全体が赤くなり、けたたましい警告音が鳴り響くと、ライオンキングが僕から剣を退け、大きな柄に収める。


「時間切れだ。よく10分間耐えたな」

「えっ、ということは?」

「無事にイベントクリアということだ」


 穏やかな顔になったライオンキングがその場であぐらをかき、ポケットから出したパイプ煙草をふかしながら大きく手を振り、周囲の防壁さえも消し去る。


「ガイア!」

「お怪我は大丈夫ですか!」


 バリアが消えてすぐにノーツとウェンが僕の元に近付き、ノーツのひざ枕で介抱されて、すかさずウェンが傷付いた僕に回復魔法をかける。


「おい、いくらなんでも大袈裟過ぎだって」

「何言ってるの。あの咆哮で麻痺の状態異常を受けて、さらに耳の鼓膜にも異常をきたしてんだよ。まともに動けた方が奇跡だよ」

「そうか、それで……」


 なるほど、三半規管がやられてるのか。

 うまくバランスが取れないのもそれが理由か。


「まあ、何はともかく逃げ切れて正解でしたね。元から倒せる相手ではありませんでしたし」

「ガイアなら大丈夫だろうってね」


 あれ、何か反応が微妙に変だな。

 バリアで部外者は入れない上に緊急のイベントだったんだけど……。


「君たち、最初から何もかも知ってて?」

「おバカだな。レベル3のガイアでレベル50以上のライオンキングに勝てるはずがないじゃん。針に糸を通す以前の問題だよ」

「そうですよ。クエスト参加のコマンドにも表記されてましたし、最後の文面あたりにきちんと書いてあったでしょう?」


 もし嫌だと感じたら、他にどうにかなりそうなイベントを探していたはず。

 やたらと説明くさい長文が面倒だからと、スクロールして最後まで読まなかった僕のミスか……。


「さあ、ガイアとやら。お主の願いを聞こうではないか。どんなことでもいいが、願いは一つだけだがな」


 彼との熾烈なバトルを終えて、すっかり忘れてた。

 僕は新大陸に行ける船を出してもらうという願いを叶えるために、この王様、ライオンキングと戦ってきたんだ。


「ああ、でも僕の願いは船なんかじゃないんだ……」

「えっ、それはどういう意味でしょうか?」

「あのねえ、こんな状況下で何ふざけてんのよ! ガイアー!」


 僕は、周りの期待を裏切るように、今一番言いたいことをライオンキングへと投げかけた──。

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