第12話 ライオンキングとの勝負(1)

「どりゃああー!」


 ライオンキングが気合いの叫び声を上げながら、空を舞っていた小型の飛行竜から飛び降りる。


『ズズーン!』

「うわっ!?」


 その重さと着陸の衝撃で地面が激しく揺れて、大きな地響きが広がる。

 僕らは揺れに足を取られ、体のバランスを大きく崩す。


「さて、いざ勝負と言いたいところだが、ここは人目もはばかるからな」

「じゃあ、空から降りる必要もないだろ? さっきの竜で僕らを連れ去れば良かったじゃんか?」

「フフッ、極楽竜は小型の竜だけあり、大人一名しか担げないからな。それにワシの言うことしか聞かん。逆に振り落とされるのがオチだ」


 ライオンキングを運んだ一匹の極楽竜が上空を飛行しながらも、地上の様子を見守ってるようにも見える。

 小型としてもモンスターの中でも最強な部類に入り、頭も良い獰猛な性格でもある竜をどうやってしつけたのだろうか?


 それだけ頭脳、力量ともに優れた王様ということか。

 王族と見せかけ、魔物使いというスキル持ちもあり得るし……。


「ワガママな竜だな、一度唐揚げにしないと分からないか」

「ガイア、それやったら終わりだから」

「あら、豪勢なおかずを期待してましたのに」


 この世界には竜を揚げるのに適した耐熱性の容器がないんだよな。

 タイネツと口走ったら、何かのいにしえの呪文ですか? と聞かれそうだし……。

 かと言って兜を代用した際には油汚れで今よりも余計に黄ばみそうだしな……。

 いや、その前にすすと焦げで黒ずんでしまうか。


 ああなったら洗うの大変なんだよな。

 金タワシはあるんだけど、汚れを取るときに細かい傷が付きそうだし、この白い塗装も剥げそうだしな。


 いやいや、それ以前に食用油がないだろ。    

 どうやってこんがりきつね色に揚げるんだよ。


「ウェン様もヨダレを拭いて下さい。竜なんて全身が筋肉質で固くて食べれるはずがありません」

「まあ実際、食う自体がゲテモノだけどな、血の色も緑だし」

「では血抜きをしましょう。多少は生臭さが抜けるかも知れませんね」

「いや、竜は魔族の使いでもあり、普通は食べないってば」


 冒険者あるある食材、固いパンや干し肉、チーズに果物ばかりの生活で食に飢えているのか、竜とは言えども、肉の話で華やかに盛り上がるパーティー。

 そのパーティーで現実主義な僕だけは調理された竜の生首がこちらを凝視している絵面に耐えられず、思わずもらいそうになる。


「……貴様ら、ワシを目の前で好き勝手言ってるな」

「ノンノン、ライオンキングの肉だけはどうにか守り抜きますから」

「それが好き勝手というのだああー!」


 すっかり食べる気満々になったウェンは料理人の目つきになるが、手に持ってるのはナイフとフォークである。


 まだ調理もしてないのにかぶりつこうとする魂胆こんたんか。

 それとも逆に噛みつかれ、己の必殺の調理スキル=カウンタースキルでも見せつけるのか。


『クイッ!』

「おあっ!?」


 ライオンキングが目線に片手を上げて、指先でこちらを誘う仕草をすると、僕らが透明に光る球体に包まれて浮上する。

 驚きのあまり、声が裏返ってしまった。


 これは飛翔呪文か。

 しかも僕たち三人を浮かせるほどの魔力があるとは。

 このライオンキング、鍛えられた体にライオンの見かけからして、力押しの戦士タイプかと思っていたが、補助魔法が使用できるとは意外とデキるな。


「来い、そんな貴様ら冒険者共におあつらえ向きな場所がある」


 ライオンキングも宙に飛び上がり、口笛を吹く。

 すると、今まで大空を自由に舞っていた極楽竜が首を向けて反応すると、ライオンキングに低空飛行で急接近し、彼の両肩を両足で捕まえる。


『ヒューン!』


 そのまま一つの影と一つの球体はモダンな城下町を飛び越え、城の中央にある開けた広場へと突き進んでいった──。


****


「──ここは闘技場か」

「いかにも。ここは王族の剣士や魔法使いたちが昇級を手にするためにより優れた強い魔物と決闘し、血を血で洗う争いの場所だったもの……」


 円状となったグラウンドみたいな広場、周りには無人の観客席、所々が寂れて風化し、剥き出しとなった骨組みの屋根。

 石造りのタイルの間からは雑草が顔を覗かせ、もう何年も手つかずで手入れもされてないのが分かる。


「ここも昔は大盛況でな、強いモンスターに勝ったら、その場で階級も上がり、最も最短で軍団長クラスになれる場所でもあったのだ」


 ライオンキングが砂塵で汚れた石柱の壁を指でなぞり、懐かしげに過去を語りながら、昔の階級制度についての話を付け加える。


「冒険者共はここで一人ずつワシと勝負し、一人でもワシに勝てたら、船でも何でも用意しようではないか」


 船だけじゃなく、何でもか。

 だったら男でビッグでハッピーな夢も用意してくれないかな。

 例えば高額な宝くじが当たったり、ハーレムな暮らしをおくれたり……いつの時代も人類が求めるのは金と女なのは変わらないな。


 あと、いつも役立たずなこのポリバケツの盾かフタかは謎だけど、ライオンキングに勝利した願いで呪いを解いてもらって、これともそろそろ卒業したいしな。


 守備力があるかどうかもあやふやだが、アクセのような感覚ゆえ、一度だけどんなダメージを無効化する捨て身の防御アイテムだろうか……マニュアルには幸運が上がる初期装備としか書いてないんだよな。


「どちらにせよ、ワシが書いた船舶許可証や、紹介状がないと別の大陸にはいけないからな」


 確かにどこでもかんでも簡単に移動出来たら、それを利用する悪どい輩もいるからな。

 リアルで海外に行くのにパスポートなどがいるように、この世界でもそういう面はきちんとした方が身のためだ。


 あれ、ここはまともな設定なんだな……だからって安心はできないけどな。

 裏をついてバグが潜んでましたとか、クソゲーではよくあることだし。


「さあ、さっさと構えよ。時間が惜しいのだろう?」


 HP800、推奨レベル52と体力もレベルもずば抜けて高く、かなりの強さを持つであろうライオンキング。

 王者の風格らしく大地を踏みしめ、二つの拳をタテガミの顔に構える。

 手持ちの武器を使わず、最初は肉弾戦で相手の出方を探るか。  

 クソ真面目な格闘技の基本マニュアルを再現したような戦い方だな。


「王様と言えども遠慮は入らんぞ。本気でかかってこい」


 クッ、こういう優等生タイプとの戦いって一番厄介なんだよな。

 行動パターンは単純で読みやすいけど、そのシンプルさを逆手に取って意味不明な反撃とかしてくるし。

 本人は気付いてない素振りかもだけど、上級者プレイヤーを真似て、見よう見まねで取った動作がオリジナルな奇怪現象へと繋がるんだよ。


「フッ、笑わせてくれる。お前なんて僕の仲間たちがあっという間に倒してでな」

「あの……その件に関してなのですが……」


 ノーツHP280、ウェンHP310。

 それに比べて僕のHPは18。

 僕の考えた戦略は何もせずに二人の上級者プレイヤーに任せて、この場をやり過ごすこと。

 下手に動いてやられてセーブポイントからじゃ、またお金とアイテムが消えてしまうからだ。

 だが、僕の会話を通じたウェンとノーツの様子が少し変である。


「何だよ、そんなに強いのに今さら怖じ気づいたのか。相手はレベル52だけど、レベル50の君ら二人なら余裕で葬れるイベントボスだろ?」

「いえ、そうじゃなくてだな、ガイア、ここ見て」


 ノーツが僕の前にウィンドウを開くと、緊急イベントの欄に『ただし一人のみの参加で、レベル30以下限定』と赤く表記された注意事項。


「……えっ、となりますと?」

「その表示通りだよ。ワタクシたちは相手にすることもサポートすらもできないんだ」

「はああ? レベル3でどう戦えと? 相変わらずクソゲーなゲームバランスだな」


 何だって、この貧弱な僕があんな猛獣を相手にバトれと?

 40は離れてる年上と争って勝利を手にする……たった一匹のスライムがレベルカンストの裏ボスと戦うようなものだ……。


「今生の別れの話は済ませたか?」

「ああ。でもな、ライオンキング、俺たちはこんなところで命を削るほど馬鹿じゃない」


 このライオンキングとやら、このような現状を知った上で、強制イベントを絡めてきやがったか。

 狡猾というか、こうまでされるとうんざりする。


 だから、このウザいイベント自体を書き換えたいのだが、さっきからプログラミングが打てるキーボードがエラー表記されて出てこない。


 恐らくフルボイスに多彩に切り替わるビジュアル方面で容量を使い切った……処理落ちときたか。

 画面だけじゃなく、コマンドもおかしくなるなんてクソゲー通り越して笑うしかないじゃんか。


「おい、百獣の王様。僕ら人間をなめるなよ」


 僕は大振りの剣を抜いて、攻撃対象へと鋭い刃先を向け、腰を少し低くし、剣を斜め下にしたポーズをとる。


 やらなければこっちがやられる。

 この技はもっと後にとっておき、じっくり鍛錬を積みたかったが、変に出し惜しみはできない。


「いくぞおおおおー!!」


 この技は発動後の隙が大きいから先手必勝に賭けるしかない。

 僕はダッシュして前進して飛び上がり、ライオンキングの肩口に向かって斬り込んだ──。

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