第11話 バグに包まれた城下町
青空が綺麗な色合いで赤レンガが映える城下町を鮮やかに照らしている。
オランジーノ大陸最大の休憩所でもあり、唯一の城があるシーサイドボクシーキャッスルの街中は今日も活気に満ちていた。
「いらっしゃい、新鮮なバケモンキュウリが安いよ」
「えっと、じゃあ三本下さいませ」
「へい、まいどあり、お嬢ちゃん。べっぴんさんなんで一本サービスしとくわ」
「まあ、店主さんったら口がお上手ですわね。ありがとうございます」
ウェンが愛想笑いをしながら、あご髭のおじさんからキュウリの入った茶色い紙袋を受け取り、数枚の銅貨をおじさんに手渡す。
だが僕にはその動作に不可思議に思う節があり、美人と言われてご機嫌そうなウェンに遠慮せずに尋ねてみた。
「なあ、出店でキュウリとか買ってもしょうがないだろ?」
「フフフッ、ガイア様はこのアイテムの本当の素晴らしさを知らないのですね」
「素晴らしいも何も冷やし中華くらいしか使い道ないだろ」
キュウリは体を冷やす効果があり、水分やカリウムも豊富で暑い日にはピッタリの野菜だが、栄養面に関しては皆無に近い。
いわゆる低カロリーの食材の代表格でもあり、調理法も生というのが多く、サラダなどに使うのが一般的だ。
だから豪勢な食事にするなら冷やし中華くらいしか浮かばず……女の子を楽しませる会話にしろ、料理の知識にしてもレパートリーが少ないな僕。
「ガイア様、冷やし何たらって?」
「あー、そこから説明しないと駄目かー……」
中華麺という麺を茹でて、薄くした溶き卵を焼いて錦糸卵にし、トマトやレタス、お湯で煮込んだ鶏肉などを刻み、色合いに千切りにしたキュウリを添える。
そして茹で上がった麺をよく冷やして水切りし、皿に盛った麺に切った具材をのせる。
その上にレモン醤油のタレか、胡麻ダレをかけて冷やし中華の完成なんだが、ウェンの顔が嫌というほど引きつっていた。
「ふーん、えらく手の込んだ創作料理ですね……」
「まあ、その分、ツルコシな麺の食感がさっぱりして美味しくてさ。食欲がない日でもバッチリだ」
「いえ、そうではなくて……これは回復アイテムなのですが?」
ウェンがひとさし指を口元に当てて、何も理解してない僕に一から説明する。
くっ、何の悪ふざけのつもりなんだ。
トンデモナクエストシリーズでは薬草が癒やしの道具だったはずだが、このクソゲーな10でいきなり趣向を変えてきたぞ!?
「こうやって──」
『ガリガリガリ……』
宙を舞いながら見えない刃で粉々に擦り潰され、エメラルドグリーンのように輝く液体となって、ウェンが持つ木の水筒に流れ落ちるキュウリだったもの……それはまばたきするくらいの一瞬の動きだった。
「──ジューサーというスキルで搾って飲むと体力と魔法力が回復するんです」
このゲーム内ではキュウリは魔剤エナジードリンクの一種でもあり、食べるというか、緑という色からして余計にエナドリ感が満載だと言われるとか。
スキルとはいえ、野菜や果物を飲み物にするジューサーとかあるんだな。
なるほど、回復の魔法を得意とする僧侶系が学べる特殊スキルか。
魔力が0の時でも応用できる便利な能力といったところかな。
ウェンの話によると、他にホウライニンジンやピークピーチとかいうアイテムもあって、特にピーチはピークな桃という名目上、体力と気力を完全回復するアイテムであり……って、このお嬢さんは育ちは良さそうでも、さっきから冗談ばかり言ってるようにしか受け取れない。
まあ、今までのシリーズと違い、一つの商品でHPとMPの両方が回復するのは重宝するけどな。
MP回復の代物はポーション系などの瓶に入った液体ばかりで、怪我をしたからとしょっちゅう飲んでいたらお腹が膨れてタポンタポンは確かだし……。
中身に入ってるものも青や緑、黄色などの怪しい色だし、良薬は口に苦しというか、口に入れるまで疑心暗鬼になってしまうのが本音だ。
「しかし、回復アイテムとはいえ、たった四本じゃすぐに無くなるぜ。もっと買い溜めした方が……」
「それはね、バケモンキュウリなどの回復アイテムは日持ちしないんだよ」
ノーツがウェンから一本のキュウリを貰い、腰に付けた光あるものを抜く。
魔法戦士による護身用の果物ナイフか。
戦士と言っても肉体は魔法使いだからな。
魔法を中心とする戦士ゆえ、重い武器や防具などは装備できないが、こういう身を守る武器は身近にあった方がいい。
「だからナイフとかで切って小分けして、手持ちの小袋で保管するんだ」
『それに小分けしたキュウリを食べても一本丸ごとと同じように
切断された金太郎飴のような気持ちになるのも無理はない。
「お買い上げありがとうございました」
「はい、どうも」
ウェンがジェンガな積み木のように大量の紙袋を積み重ねて、僕のもとにゆっくりと腰を下ろす。
「これまた大量に食材を買ったな」
「はい。腹が減っては……とも言いますし、しばらくは長旅になりますので」
「まあ、海を越える大陸横断ならな」
僕は目の前に出したコマンドをチェックしながら、アイテムボックスにウェンが購入した野菜中心の物を次々と入れる。
このボックスには無限の数の物質が収納できるように、さっきプログラムを書き換えたのだが、こうも早く生かせることができるとはな。
「さてと、残るは船の手配なんだが……」
「困りましたよね」
僕らは日が暮れない日中のうちにウミカモメが鳴く港へ足を運んだが、肝心の動いてる船の類いは一隻もなかったのだ。
堤防に縦に並んで停船し、寂れ果てた現場にて、柄の長いデッキブラシで船着き場の清掃をしながら、煙草を吸う黒褐色なおじさん。
おじさんの話では最近は魔物が海にも生息するようになり、漁をしてて、その毒牙にかかった漁師の事件が多発したとのこと。
安全が確認できるまで、ここから船は出せないから、漁業を我慢して生活費を切り詰め、赤字覚悟で慣れない床掃除や農作業をするしかない。
漁師ご自慢の漁師網で魚を採ったら数十、数百金貨という莫大に儲かる仕事だけにと、何でかな……とおじさんは大きな溜め息をついた。
早くも国境という壁にぶち当たったのだ。
「こうなったらここの王に訪ねてみるしかないが……」
「手紙や伝承鳩のアポイントも無しではお通しさえも無理ですものね」
「あぁー、勇者見習いじゃなく、王族関係の職業を選んでいればー……」
王宮の側近にでもなれば、王様に近寄るのも動作もないのに……勇者見習いならそのルートもあってもいいはずだ。
日柄、王室に籠もっての職で雨風もしのげて、衣食住にも困らない理想の職業だけに……。
「あら? らしくはないですね、ガイア様ったら。こういう時こそプログラマーの本領発揮でしょ?」
「ああ、そういきたいところなんだけど、この能力さあ、一日に何回も使える能力じゃないらしい。さっき個人的にも使用したし……」
「個人的にとは?」
「いやそれはちょっと……」
どんな答えにしろ、私利私欲のために貴重な力を使ったんだ。
自分本位のワガママな行動は自分は良くても時に他人を不快にさせる。
しかも相手は何不自由なく育てられたような上流貴族のお嬢さんだ。
僕の発言に怒り狂い、何が飛んでくるか。
ウェンへの会話の繋げ方の難しさに途端に口籠り、頭を悩ませた。
「どうせエッチなことでも願ったんじゃないの? ガイアも男の子だからねえー」
「ガイア様のえっち……」
「何でそうなるんだよ!」
ノーツの思い込みにより、誤解が生まれてしまった。
男に免疫がないウェンが怪訝なまなざしで僕を見ている。
そのまなざしは冷たく、いつもそんなこと考えてるの的な目線だ。
『ガオオオガオーン!!』
ウェンとの勘違いを埋めようと話しかけようとした矢先、どこかから獣の声が聞こえてくる。
「何だ、遠吠え?」
「ガイア、上だよ!」
ノーツが上空を指さすと、小型の飛行龍の爪に肩を掴まれて大空を飛んでいる大柄の人物らしきものが腕を組んだまま、こちらを見据えている。
「見つけたぞ。冒険者共よー!」
顔はライオンで体は黒い鎧を身につけた毛むくじゃらの人間。
ゲーム世界でお馴染みの人間とモンスターとの混血種か。
「こうして街の結界が消えて、中に入れる機会を伺っていたのだが、いきなり冒険者をいたぶるときが来るとな」
「我が名はライオンキング。この王都を支配する王であり、冒険者の力量を試す王」
ライオンキングが地上に飛び降りた瞬間、大きく床が揺れ、周りのプレイヤーたちは恐れをなして逃げていく。
この場に残されたのは使命を全うするNPCキャラクター(コンピューターによるキャラ)のみだ。
「何年ぶりのごちそうだろうかな。精々楽しませてくれよ」
おいおい、このクソゲー、国の王様を敵対者にしているぞ。
いくら納品に余裕が無かったとはいえ、このイベントは強引過ぎるだろー!?
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