第2章 生まれ変わったら創設者
第10話 託されたプログラマー
「……はっ!?」
「良かった。お前さん、ようやく目が覚めたんだね」
暗闇でもがいていた感覚が薄れていき、これで何度目かは分からない一対の光に手を伸ばす。
少しずつ闇に閉じたまぶたに光を取り入れ、意識を保ちつつ、女の子の呼びかけに鎧の体をゆっくりと起こした。
「ここはどこだ?」
「どこだ? じゃないよ。三日間もここを留守にして……。リアルで何かあったのかと心配したんだから」
見覚えのある森林地帯……迷いの湖にある氷の柱……例のクソゲー『トンデモナクエスト10』のセーブポイントだな。
じゃあ、僕は一度モンスターにやられたのか?
倒された時の記憶がないが、余程の手練だったのだろう。
待て、ここまでの経緯を整理しないとな。
迷いの湖のボス、メタルオークを倒し、迷いながらも森を突破して、シーサイドボクシーキャッスルに到着し、城門を守護していた強固なジャイアントキルガーディアンに苦戦する中、とある来訪者の不注意なミスにより、事故ってガーディアンは呆気なく滅んだ。
そんな事故ったという流れだったが、僕らメンバーはガーディアンの強さをその身をもって思い知り、少しはレベル上げをと、いつものように経験値プラス、生きてくゆえの宿泊費を稼ぐため、RPGの定番となるオーク、ケルベロスやガーゴイル、人面樹などのモンスターを討伐し続けた。
……と、度重ねるバトルを終え、タオルのような布切れで汗を拭い、のほほんと草原で昼飯を食べて、ゴロ寝をして一息つき、城下町の宿屋で温かい風呂に浸かり、寝込みを襲われてズバンということか。
首が転がる音は耳にしなかったが、そんな悠長に武勇伝を語ってられるか。
並外れた動き、素早く避ける反射速度、事前の予測、相手を出し抜く頭脳戦……と、頭という司令塔が無くなって生きていける人間なんていないんだぞ。
僕を戦闘不能にさせたモンスターがどうやって宿屋に侵入したのか疑問だが、街を守護していたガーディアンを葬ったという騒ぎを嗅ぎつけ、人の目が城門に集中する際に城下町に侵入したのか。
……ということはこのポイントからやり直しか。
ああ、面倒だな、レベルはちょっとマシな程度で5のままだけど、この世界に復活させる手間賃で持ち金が半分減ってるし、収集していたアイテムも空っぽだ。
着ている防具や武器などの装備品は呪われて無事の上、あの城下町で記録しておくべきだった。
あれ、ちょっと変だぞ。
僕は一度ボクシー(長いので略)の宿屋に朝まで泊まって、イベントクリアということで強制的にセーブされたよな。
寝室の片隅でキラリと光る水晶の氷柱のオブジェから女性の話し声がしてきてさ……怖いな、どこのB級ホラー映画だよ。
このゲームの旅で知り合ったルナやステラもいないし……フジヤマさんもタイタンも無事かなあ。
「──で? キミは誰だ?」
「あのねえ、初対面じゃないのにその言い方は失礼じゃない。ワタクシにはノーツという名前があるんだから」
「僕は初めましてなんだけど?」
水色のゆるふわパーマのノーツがこちらに近寄り、木の切り株に座った僕のおでこに小さな手を当てる。
熱の有無の確認、風邪をひいているかどうかの天然な行為。
僕に気があるのかも……という色ボケで自意識過剰な闇なんて、この森の片隅にさっさと捨ててしまおう。
「分かったノーツ。ちょっと質問に答えてくれ。まず今日は何年の何月何日だ?」
「ウェン歴1535年の4月2日だけど?」
「はあ? 冗談キツイぜ、おばちゃん」
「失礼ね、ワタクシはこれでも20歳よ」
「はあっ? 一体何の冗談だ。自分のことをワタクシという20代とか聞いたことないぜ?」
薄汚れた緑のツナギにピカピカに磨いた魔道士の杖というハイカラな格好の女性だったが、どう見ても若い女性のような初々しさはない。
残念ながら4月1日という平気で嘘がつけるエイプリルフールではなく、次の日という流れとくれば、余計にイタいファッションでもある。
水の漏れた排水管を修理する運動神経抜群な中年のおっさんじゃあるまいし、笑って済む問題のレベルじゃない。
「それにウェン1500年って何だよ。そんなに生きれるウェンとかいう天皇陛下なんているかよ。ロボットじゃあるまいし」
「そうですね、そこは私個人も思った所です」
「今度は誰だよ!?」
森の奥から別の女性の声がして、俺は腰に収めてる、なぜか消失しなかった短刀の柄に手をかける。
今度は不意討ちなんて真似はさせない。
僕の運動能力を生かした最凶で最短な攻撃『ディストーションキル』、すなわち即死スキルだ。
本来なら術者よりレベルが低い相手を高い確率で一撃にて倒すスキルだが、どういうことか、たまにボスクラスの相手でも簡単に死者の谷へ送れるというクソゲーらしい恐怖のバグ付きな効力もある。
幸運のステータスが一際高い僕にはピッタリなスキルじゃないか。
「このならず者、上流階級でウェンディーネ王家の一人娘でもある、ウェンお嬢様に向かってその口の聞き方は何だ! ワタクシの得意な水魔法で溺れさせようかー!」
ノーツが僕の後ろにしがみついて、一向に離れる様子がない。
女の子って軽々と抱っこできて女心も掴めて楽勝なんだぜとよく聞いていたが、これがまた米俵のように重いんだ。
えっ、じゃあこの女、こんなに細い体をしていて、実は密かに太ってやがるのかー!?
「まあまあ、落ち着くのです、ノーツ」
「ですが、新しく生まれた能力者がこのような失礼な輩だと!」
「仕方ないでしょう。彼は選ばれた創設者なのだから」
「えっ、エラ晴れたソーセージ?」
「違う。お前はわざと言ってるのか。場合によっては、ここで息の根を止めてもいいんだぞ!」
相手が話が通じる人間だと理解し、発動していた即死スキルを解除する。
そういえば最近、ソーセージパン食ってないんだが、この異世界にもあるのだろうか。
息を止められ、リアルに戻ったら、まずはスーパーでソーセージパン買い占めだな。
でもパンって日持ちしないんだよな。
アイテムボックスは冷蔵庫じゃなくて倉庫のような物置扱いだし、いや、惣菜パンは冷蔵庫でも賞味期限短いか……。
「こらっ、女の子がそんな粗野で乱暴な言葉遣いをしてはいけませんよ」
「でもウェン様。コイツったらウェン様のことを小馬鹿にしたような物言いで」
白いファードレスの下に銀の騎士の鎧を着込み、金髪を左右にみつあみした女性。
腰には細身のレイピアと十字のマークがデザインされた大きな青銅の盾とご立派。
ノーツとは逆に装備にもすきがないウェンと呼ばれる長身の美女と目が合うと、惜しみないセクシーな流し目を送ってきた。
この女、清楚そうなフリして家事に洗濯に料理と色々とデキる!?
「下らんお喋りは終わりか? 僕は用があるんだ。ここで失礼するから」
「ちょっと待て、まだワタクシの話は終わってないぞ。それにその先は!」
このままだと身の安全の保証はない。
僕は貞操を第一に考え、一人で森を進むことにした。
どうせスライムやらゴブリンと雑魚がウロウロしている初期ステージの森なんだ。
メタルオークもいない今、こんな迷いの湖、僕一人でも余裕に──。
「……その先が何だって?」
『ギャオオオース!』
僕はノーツを挑発するつもりで耳つんぼのフリをし、叫び声の元へ立ち向かう。
相手は身長が5メートル以上はありそうな大柄で大きな翼と鋭い牙を生やした竜のモンスター。
「バカ、お前さんのレベルで敵う相手じゃない。ここはワタクシに任せて」
「やれやれ、面倒だな……」
手元にキーボード画面を開いて、モンスターの形態を表示させる。
なるほど、極稀にこの森に出現して初心者の冒険者を狩る推奨レベル43のデビルワイバーンか。
確かにノーツの言うように僕の貧相なレベルじゃ攻略は無理だな。
あのガーディアンよりもレベルが高いし。
『対象者の防御力強化。炎などの耐性強化。イベントボスゆえにスキップも可能』
淡々と語りながら、キーボードを叩く。
こんな定時連絡のような雑用の仕事、リアルじゃ嫌というほどやってのけたからな。
「お、お前……それは」
「少し黙ってろ。どうやらバグモンスターのようだからな。正しいデータに修正する」
どうしてこんなことができるのか、僕にも分からない。
ただ、体が指先が勝手に動くんだ。
微かに過る先輩の声で、目の前に問題点があったら早急に対応しろと……。
「おおっ、早くも能力が使えるようになったか」
「ですね。まだレベル5だというのに、様々なブレスを吐くデビルワイバーンの力を封じ込めるとは」
光の防御壁が僕らを包み込み、ノーツが安心したように拍手して褒める中、ウェンはノーツとは対象的に冷静に物事を見ている。
「そうだな、ステータスにも問題があるな。ワイバーンの仲間なのに炎以外に氷の息とか毒のブレスとかも吐けるのは厄介だ」
『ギャオオオーン!』
デビルワイバーンが鳴き声を上げて、僕に威嚇をする。
こちらのレベルが極端に低いため、戦うまでもなく、さっさと尻尾を巻いて逃げろという意味か。
生憎、人間の尻尾でもあるへその緒は生まれてきた時に切られるんだよ。
「初心者の冒険者ならここで足止めを食らい、一向に先に進めなくなる。だから……」
『デビルワイバーンの能力、炎のブレスに限定。一定レベルの冒険者のみ登場するイベントモンスターに変更っと!』
『グウウウウーン……バッサバッサ!』
全ての入力が終わったと同時にデビルワイバーンの禍々しい黒い皮膚がみるみると明るい黄色に変わる。
そうして普通のワイバーンとなった敵は僕らの存在を無かったことにして、青空へと羽ばたいた。
「ふう、こんなもんかな……」
「おっ、お前、凄いではないか。あのデビルワイバーンを攻撃することもなく退けるとは!」
「わっ、何なんだ! いきなり抱きつくんじゃねえ、当たってるって!?」
「うんうん、お前……いや、ガイアが当たって正解だったよ」
「だから離れろおおおー!?」
僕を名前で呼んだ挙げ句、異性にも関わらず、そのままハグをしてくるんだ。
クッションのような弾力を肌に感じ、邪な考えばかりを想像して、僕の理性が保てないよ。
「ノーツ、これで少しは彼の力を理解できましたか。彼は立派な創設の勇者です」
「ソウセツの勇者?」
「うーん、ガイアの世界に例えるとプログラミング、要するにプログラマーというものだな。この世界を自由に書き換えられる特殊な職業だ」
ウェンがノーツを僕から引き剥がして話を続ける。
要するにゲームの情報をPCで数値にして、物語に組み込んでいく仕事か……。
えっ、何のイベントルートだよ?
エクセルとワードの三級のお遊び資格しかないゲームライターの僕にそんな高度なチートスキルとかないんだが?
エクセルとか間に合わせで習得しただけでちょこっとグラフが作れるくらいで……プログラマーが扱う複雑な言語や計算式とかマジ無理だ。
「勇者見習いからでしか、熟練できない上級職ではあるし、このプログラマーになれる確率はほぼゼロに近い。しかも低レベルでそれになれるとはー!」
「おいおい、ノーツ、興奮しすぎだって。血圧に負荷がかかって倒れるぞ」
この世界は病院がなくても、治癒魔法があるからいいものの、目の前でぶっ倒れていい気分になるはずがない。
「ガイア様、少しお伺いしますが、リアルでどなた様に、この職業を託されましたか?」
「えっ、そんな心当たりはないんだけどな?」
あったとすればリアルの上司の先輩に頼まれごとをしただけで、他に何かをくれたことも、ましてや、こんなチートスキルとかもくれなかったし……。
うーん、その辺の記憶がどうもあやふやなんだよな……。
「現にリアルの世界にはプロテクトがかかって戻れず、プレイヤーの皆様もこのゲーム世界に三日も留まってるのです」
「えっ、ログアウトができないのか!?」
「仰る通りです」
リアルに戻れないということは何かシステム上のトラブルか。
でもネットゲームで三日間も閉じ込められてたら、運営側も何らかの対応をするはず……クソゲーだけにサービスへの対処も遅れてるのか?
「あーあ、最後に入室してきたガイアなら何か知ってるかと思ったんだけどなー」
「僕の存在価値って何なんだ……」
ノーツの他愛ない発言に傷つく僕。
価値も欠片もない男に何を期待してるのやら。
「そうですね、まずはこのオレンジーノ大陸を西に抜けて、海を越えた先にあるパインナックル大陸を目指しましょう」
「……クソゲーだけに地名もいい加減だな」
「うん? 何か言った?」
「いや、単なる寝言だ」
「……何それ、今寝てんの?」
キーボードを通じてイカした地名に変換しようとアクションを起こしても、残念ながら名前や地名などの初期設定は変更できませんのマニュアルの表示。
おい、相手がプログラマーになっても、どこまでもクソゲー精神は繋ぎ止めるんだな。
「ガイア様、そういうことですので我々を貴方様のメンバーに加えてもらえますか。リーダーはガイア様で構いませんので」
「お願い、この世界を変えられるのはキミしかいないんだ」
フレンド申請のコマンドか。
パラディンのウェンに魔法戦士ノーツ、強い上に魔法も使用でき、さらに二人ともレベルは共に50。
ステータスもバランスよくて申し分ないし、ソロプレイな身としては大きな戦力になる。
つまりだ、フルーツパフェにチョコレートとバニラのアイスをのせ、その上にクッキーを盛るという男の法則か。
ここで変に着飾って断る理由も見つからない……って、それどこの馬鹿だよ?
目の前にタダ同然の無料ガチャが転がっていて、フタを開けたら100%SSR、スペシャルシークレットキャラが当たるんだぜ。
「ああ、分かったよ」
「ありがとうございます」
「ありがと。困った時は力になるよ」
パーティーメンバー参入の証として固く握手で誓い、まずは西に向かって歩くことを決めた僕たち三人組。
リアルという今生の別れ? にさよならし、今、何度目かの異世界での冒険がリスタートする──。
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