第9話 最期の悪あがき
「……それにしても遅いな」
「もう一時間以上は経ちますね」
『緊急事態発生』の赤い表示のコマンドが消え、フジヤマさんの帰りを待っている僕ら。
だがステラが不安がるのも無理はない。
彼女の心配そうな発言どおり、二時間という時間に差し掛かっても一向に戻ってくる気配がないからだ。
「まあまあ、どうにせよ、こうやって美味しいご飯にありつけるからいいじゃない」
「ローストチキンの丸焼きが何とも言えませんね」
「この緊急時に食事イベントとかこのゲームはどうなってんだよ」
僕たち三人はガーディアンを倒したシーサイドボクシーキャッスルにある城下町に堂々と進入し、住人から敬意な目線を向けられながらも、城下町で一番安いオンボロ宿屋に宿泊を決めた。
あのまま希望と期待の目で見つめられると罪悪感ばかりで苛まれ、メンタルがどうかなりそうだったからだ。
値段も10銅貨(銀貨、金貨と硬貨のランクが上がる)と安上がりのせいか、部屋は二部屋のみ。
三人分の個室はないので男の僕が床に寝るからと言い出した途端、女子二人に睨まれ、強制的に一人部屋に泊まるという結果に……。
幸い、部屋のボロさとは違い、食堂から出てきた料理は豪華で、野菜たっぷりな精進料理と思っていただけに面を食らった。
肉や魚を殺生してないお坊さんが住みそうな民宿なイメージが強かったからだ。
料理に色々と工夫をこらすために寝室には手を加えずに宿賃を安くしたんだろうな。
でもだからって、こんな状況で肉をガッツリと食えというルナの精神の方がちょっとおかしい。
明日の敵に勝つために豚カツやカツ丼なら、まだ話は通るが……豚ってこの世界じゃオークか。
現物を想像すると、食えたもんじゃねーな。
「ねえ、ガイアは食べないの?」
ルナが僕の目をジッと見たまま、持っていたフォークを静かに皿に置く。
何だ、その怪しげな目つきは……僕の品定めでもしてるのか?
このアバターはガチャで繕ったイケメン素材ではなく、熱血キャラのイメージなんだが……。
「あー、分かった。あーんして欲しいんだ?」
「ウフフ。ガイアさんも甘ちゃんですね」
「はーい、ガイア、あーんして♪」
やたらとノリノリ気分なルナが僕の口に強引にスプーンを押し当ててくる。
冗談抜きで、これ、リアルで流行ってた赤ちゃんプレイとかいうヤツじゃないのか?
恋愛を越えた母と赤ん坊の愛。
お母さん、バブバブなんてマジでキモいんだが……。
目を覚ませ、お前さん二本足で立ってるし、離乳食から固形食へと食べれるようになって、親の目が届かない学校にも通うようになってさ……そんな甘ったれた時期はとっくの昔に卒業しただろ……。
「なあ、そんなことよりもさ、やっぱりリアルに戻って様子を伺った方が良くね?」
「フジヤマさんなら問題ないよ。あの人、腕は確かだから」
「仕事はすぐに押しつけますが……」
「んっ、何の話だい?」
「あっ、いや、ただの戯言。ガイアは知らなくてもいいの」
ルナがフジヤマさんのことをやけに信頼してるようだが、リアルで何か接点でもあるのか?
ステラの呟いた内容からではパワハラとしか言葉が浮かばないけど……えっ、ステラもリアルのフジヤマさんとお知り合いかよ!?
「もうステラちゃん、ゲームの世界に来てまで、リアルのことを語るのは止めよ」
「そうですね。嫌な思いをさせてしまいましたね」
ステラに反論するからに現実世界で苦労してる感がひしひしと伝わってくる。
確かにリアルのルナ=
あんな忙しい日々にもめげずに僕の仕事を手伝ってくれたり、夜食などの差し入れをしてくれたり。
仕事が辛く、辞めたいと心が悲鳴を上げる度に同僚でもある君の気遣いに何度救われたことか……。
「もういい、僕だけでもリアルに戻って……」
だから思ったんだ。
今度は僕が困ってる人を助けたいと。
ゲームの中で触れ合ったとはいえ、相手はモニターごしでゲームをプレイしてる人間。
人は人工知能のAIとは違い、心がある。
感情がない人間なんていないんだから。
「あれ、コマンドにプロテクトがかかってる」
しかし、ログアウトしようにもエラーの表示が目の前に浮き出て、一向にトンデモナクエスト10から退室できない。
ゲームの管理人か、何者かが僕の退室を阻止してる?
通報されるような違反行為はしてないはずだけど?
「そうはさせないよ!」
「何だ、新手の敵か?」
宿屋の二階にある窓を開けると、茶色のキャップを被った軽装な服の男の子が場違いな黒いマントをヒラヒラさせ、やいやいと下の出入り口で叫んでいる。
見かけからして中学生か……何となくだけど同じ男として分かるよ。
ちょうど妄想が過ぎたお年頃(厨二病)だろうしな……。
「我が名はタイタン。フジヤマ殿の忠実な部下であり、下僕のような存在である!」
「要するにMという訳か」
「それは違う、自分は究極のドMである!」
キャップを脱いだタイタンと凛々しいネームのわりには受け口ときたものだ。
男はグイグイ攻めてなんぼの社会は古いからな。
「あの、ガイアさん。Mって何かの頭文字ですか。ワタシにはさっぱりですが……」
「はあ……どう説明したらいいものか」
下手に明かすとセクハラになるし、無垢すぎる魔法使いの質問に答えが返せない。
この世界のプレイヤーってこんなのばっかりなのか?
「とりあえず自己紹介はいいからさ、ちょっとそこ通してくれないかな」
「だったらこの自分を倒してから行くんだな」
ああー、頭がどうかなりそうで新鮮な空気を吸おうとロビーに向かったら、黒髪を刈り上げたタイタンが出入り口に居て……こんな時に限って変な選択画面とか出てくるし、クソゲーにありがちな意味のない面倒なイベント絡みかよ。
しかもそのまま庭先に画面が切り替わり、逃げ場がない強制参加だし……。
「どうした、かかって来ないならこちらから行くぞ」
『ブオン、シャシャシャ!』
「うおっ、あぶねー!?」
タイタンが僕に素早い動きで近付いて、二本のダガーで攻撃を仕掛けてくる。
動作がギリギリまで読めなかった。
何かしらのスキル発動か。
僕がゲーマーじゃなかったら即座にアウトだった。
身に着けてるボロい鎧もポリバケツの蓋も少しは役に立つものだな。
「自分のシーフの攻撃を軽々と避けるとは。初心者のわりには中々の動きだな」
「おい、戦闘不能にさせる気か? お前さんには手加減というものがないのか?」
「慈悲なら遠い昔に捨ててきた」
「火星人みたいなこと言うんじゃねー!」
僕との会話に漫才を混ぜてくるからに相手が本気じゃないことが分かる。
そうさ、タイタンの頭上にあるコマンドに表示されたレベルは90。
対してレベル3の俺なんて一発受けただけでKOだ。
なあ、こんなクソゲーでレベル上げして何が楽しいんだ?
この世界に来る冒険者って、みんな暇なのか?
『ガキーン、ガキーン!!』
ルナとステラが息を呑んで見守る中、ひたすらシーフと見習い勇者の武器の衝突が続く。
ぶつかる度に触れ合う短剣同士の金属から飛び散る火の粉。
誰が見ても素人同士の戦いじゃないことが理解できるだろう。
「あははっ、凄いよ、ガイアさんとやら。この自分のレベルと対等に戦えるなんて」
「なあタイタンとやら、ここはひとまず剣を収めないか。こんな庭先で戦いを挑むなんて趣味が悪いぜ」
「何の。敵前逃亡なんてシーフの恥さらしだよ」
「くっ、きかんぼうで、なおかつプライド重視ということか……」
僕は周りの盆栽や鯉の泳ぐ池に注意しながら、紙一重で刃物をかわしながら思う。
安上がりな宿と見せかけてこういう場所には大量のお金を注ぎ込んでるのか。
これはもう趣味の域を超えているな。
しかも相手はレベル90という強者だ。
少しでもすきを見せればその時点で負けると防戦一方だ。
さっきから同じスキルで攻撃してくるのは、それだけ次の技への膠着時間が短いということ……この子、僕に反撃できないことを予測して遊んでやがるな。
「自分は大いにきかんぼうで結構ですよ」
「お前さん目線で物事を語るんじゃねーよ!」
タイタンの傍若無人に呆れた僕はその場でオプション項目を開く。
ウィンドウ上に並ぶ、多彩なヘルプの項目。
僕の願いははなから決まっていたのだ。
「もういい。強制的にログアウトしてやる」
「待て、強引なログアウトは脳に過大な負荷が!」
「そんなんまやかしだろ。じゃあな」
僕はログアウトの項目をタッチし、ゲームをシャットアウトさせる。
タイタンは悔しそうに顔をしかめていたが、そんなに強き者とのバトルが楽しいんなら、裏ボスとでも戦っていろよ。
****
「──おっと、その場から動くなよ」
「……これは何のお遊びだい?」
太陽が沈みかけた夕暮れ時、薄暗い部屋で後頭部に当たる冷たくて硬い感触。
リアルに戻ってきた瞬間、おっさんの声がしたと認識した瞬間にコレだ。
何のアトラクションだよと思っても不思議じゃない。
「ああ、
「うっせーな、ジジイは黙ってろ!」
僕は血の気が引く心境を何とか抑える。
ああ、そういうことか。
間近で中年男による後悔の言葉が聞こえ、あのお人好しな先輩の声だと……。
「如月とか言ったな。お前はあの極秘ファイルがある場所が分かるのかい?」
「よせ、如月君はそのことは何も知らないんだ!」
先輩が大声で僕を庇おうとする。
さっきまであんなに愉快なゲームの世界にいたのに戻ってきたらこんな状況になってて、まるで別のクソゲーをプレイしてるような感覚だよ。
ピストルなんてリアルの日本じゃ手に入れるだけでも難しいのに……。
『パアーン!』
「ひっ!?」
火薬の爆ぜる音で目線の壁に小さな穴が開く。
しかもガス銃とかじゃなく、実弾入りときたもんだ。
「だからジジイは黙ってろって。俺様はこの若造に聞いてるんだからさ」
僕の首だけを傾けて、グラサンをかけた茶系のスーツ男が黒い銃に力をこめる。
なるほど、僕たちはテロリストか誰かに会社を籠城されていて、反撃しようと抵抗したら撃つ気満々という筋書きか。
「なあ、如月とやら、大方、そのファイルはこのゲームの中にでもあるんだろ。俺様も是非、招待してくれよ」
「こ、断る。誰がお前みたいなヤツに」
突然ファイルと聞かれ、今いち意図が読めないが、こんな得体の知れない相手に個人情報を教えるわけにはいかない。
悪用されたら会社の存続に繋がるし、追い詰められて倒産も免れないからだ。
『パアーン!』
「ぎゃあああー!?」
「き、如月君!!」
耳元に銃声が響き、僕の片ひざに激痛が走る。
僕はコイツに撃たれたのか。
幸い、骨には異常はないようだが、骨折した痛みとは違う生半可じゃない痛み。
痛いと感じるのは精一杯生きてきた証拠でもあるが、この辛さは尋常じゃない。
「おっと手が滑っちまった。悪気はないんだが、どうも気に食わなくてな」
「うぐぐぐ……」
男が先端から立ち上る硝煙を吹き消しながら、まだ熱いピストルを再び頭に当ててくる。
「次は外さねーぞ。さあファイルの在り処はどこだ? とっとと吐きやがれ!」
「そんなの僕は知らな……」
「そうか、じゃあ、あの世で会おうや」
「くっ……」
本当のことを喋っているのに、この男は何が目的なんだ。
せめてその情報さえ掴めれば、安全な解決法が見つかるかも知れないのに……ああ、痛みと共に足が痺れてきた。
ああ、僕の人生はここで終わるのか。
できることなら幸せな家庭を築き、生まれてくる子供に生涯を託したかった。
温かいぬくもりに看取られて生涯を閉じたかった。
三十というおっさんの歳では奇跡に近い確率だけど……。
「うおおおおー、俺の大事な部下の如月君を離せえええー!」
「何だ、ジジイ。離れやがれー!!」
そうやって何もかも諦めた僕の前に先輩が突っ込んでくる。
どうせ口先だけのチキンな先輩だと油断したんだろう。
先輩のタックルをまともに受けた男の体勢が少しだけ崩れた。
命知らずとはこのことだ。
僕を助けるとはいえ、何という無茶だ。
ゲームとは違って、人の命は一個限りなのに。
「如月君、早くトンデモ10の中に戻るんだ。連中はサイバー警察を恐れてか、そのゲームの世界では手出しはできん!」
「ジジイ、テメエー!!」
男が片ひざをついてよろめく間に手前のPCのキーボードを慣れたタッチで叩く先輩。
「如月君、すでにゲーム内にはプロテクトをかけていて、こちら側からログインできなくした。キミが最後の参加プレイヤーだ!」
「最後って、
僕は最期の言葉が聞きたいんじゃない。
まだ入社して三年足らずで平凡な役職。
いつか支える立場になるという名目だけど、そんなあなたに恩返しすらもできてないんだから……。
「俺にはやり残したことがあってな。この場に残るよ」
「鷹見先輩がそう言うなら」
「じゃあ、早くVRゴーグルを着けるんだ」
「はい。それが命令とならば……」
言われた通りにゲーム画面を開く。
それが正しい判断なのか答える時間はないけれど……。
「ふざけるなよ、ジジイ!!」
『パン、パン、パパーン!』
「うぐお!?」
男が床に片ひざを付けたまま、先輩の体に数発の弾痕を浴びせる。
「鷹見せんぱーいぃぃぃ!」
「如月君、いい夢を……」
鷹見先輩がピースをしながらよろめき、キーボードの上に覆い被さる。
今は呑気に写真のポーズを決めてる時じゃないだろ。
できれば止血をし、病院に連れて行きたいが、もうゲーム画面から離脱できないし、先輩の二の舞になるのは確実だ。
だったら、取るべき行動は一つしかない……。
「おい、ダイブするなら俺様にもパスワードを教えやがれ!」
『カチカチ……』
「ちっ、弾切れか。運のいい若造だ」
男が新たな弾を入れ込むのか、胸ポケットを探り始めるが、出てきたのは白い箱の煙草ケースだった。
どうやら弾切れなのは本当らしい。
「……鷹見先輩」
息も絶え絶えな先輩に深くお辞儀をし、ログイン画面となった所で男の方に向き直る。
僕はゲームのヘルプ画面から救急車と警察車両の手配をする。
鷹見先輩の名台詞までとはいかないが、これが最期の悪あがきかもな。
「僕はお前を許さない。次に会った時は覚えとけよ」
「ハハハッ。臆病なフリして威勢だけはいいな。まあ、心の片隅にでも置いておくぜ」
「……あばよ」
男がスラックスのポケットから手の平サイズな銀色の銃を見せつける。
しまった、他に銃を隠し持っていたのか!?
『パアーン!!』
──そして、僕の視線が揺らぎ、頭の中が空っぽになった……。
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