第7話 薄氷

 先輩と僕は部屋へと移動し、黙ってカレーを口に運んでいる。


 不用意な僕の質問から始まった沈黙は、盛り付けが終わり、食べ始めてからも続いていた。


 僕は、自分の失敗を悟った。


 直感に従い、聞いてしまったが、問いただすべきことではなかったのだろう。


 やはり、何か理由があるのかもしれない。


 区切りをつけると、目の前の皿に再度向き直った。


 カレーのスパイスと、かすかな甘み。


 普段なら美味しいと感じる味のはずだが、何かが混ざって純粋に楽しめない。


「隠し味だけど、なんだったと思う?」


 プレッシャーからか、繊細な味が分からなくなってきた。


 思い出すのは、黄色い果実。


 鍋の奥底にあった唯一の真実。


「バナナですか?」


「残念だ、正解はパプリカだよ」


 パプリカ?


「パプリカだよ、青くはないけどね。君は、見えるものにとらわれすぎだ」


 無言で口に運んだ、瑞々しい果肉の感覚と特有の甘みが口に広がる。


 もっと早くに気づくべきだった。


 悔いつつも、無言のまま続ける。


 気が付けばもう、二人とも口に運ぶ食べ物がなくなってしまった。


「食べ終わってしまいましたね」


 出来上がりまでの時間に比して、無言で食べる時間の早さは無情である。


「ああ」


「ご馳走様、ですね」


「そうだね、ご馳走さま」


 先輩は食べ終わった食器を僕の皿に重ねる。


「これは君に任せるよ」


 言い終わるころに、先輩のスマホが鳴り始めた。


「母さんかな? ちょっと失礼するよ」


 先輩は親指と小指を立て、時代錯誤なハンドサインで僕に合図した。


 台所の方へ移動した先輩は、誰かと話し込んでいる。


 5分か10分が経ちその会話が終わると、戻ってくるなり僕に告げた。


「名残惜しいけど、今日はもう帰るよ」


「送りますよ」


「いつかここに来るときは、君の隠し図書館の蔵書でもあばいてやろうと思ったんだけどね」


「また来ればいいじゃないですか」


「それもいいかもしれないね」


 先輩は玄関を見つめる。そこには、無残に破壊されたうえに無粋に補強されたドアが張り付いていた。


「またいつか……か」

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