第2話 涙雨
青すぎる冬空の下、とある地方の小学校。
白砂の撒かれた校庭に、小学生らしい小さな影が300ばかり整然と列を成す。
しかし声を発する者は一人だけ。
よほど退屈な話であろう、集中して耳を傾けるものはほとんどいない。
ただ、誰もが照り返しのまぶしさに目を細めながら、ある一点を眺めている。
視線の集まる先には一人の大人。胸には副校長と記されたネームプレート。
静粛かつ秩序だった空間を眺め、副校長の顔に笑みがこぼれる。
それが箱庭内の強者の傲慢か、己の職務への満足感か、傍からは分からない。
夢をかなえた偉人達についての長話を終えると、子供たちの頭より少し高い壇上から定年間際の副校長は問いかけた。
「みんなも目標に向けて正しく努力できる人になろう。ところで、みんなの夢は何かな?」
挙手を促すと、一人の少年が手を挙げる。名札には春日井 拓冶と記されている。
少年は真剣なまなざしと表情で答えた。
「ぼくは、世界をひっくり返すダイアクトウになりたいです」
それを聞いて、周りの児童たちからは笑い声があふれた。
面子をつぶされた副校長は、顔を真っ赤にしながら激怒する。
「ふざけているのか? そんなものが夢であっていいはずがないだろ!!」
「父さんは、正しさを振り回す人は正しくないっていうから」
"校長になりたかった副校長"は大きく息を吸い、続けて叫ぶ。
「他の人の気持ちを考えたら、そんなことは言えないはずだ! ひとの夢を壊すんじゃない! 謝るんだ!」
二人のやり取りを眺めて、青い瞳の少女は思った。
だれも同じ形に生まれていないのに、なんて難しいことを言うんだろう、と。
大人の威圧に負けた拓冶君は、不承不承ながらおとなしく頭を下げた。
しかし、壇上の大人は、大人げなくも追撃する。
「私にじゃない! ここに来て、みんなに謝れと言っているんだ!」
突然に主語を大きくされた。
こうなってはただの小学生に打開策はない。小学校の壇上は処刑場となった。
恐怖と屈辱を顔に浮かべ、かわいそうな拓冶君は謝罪のほかに悔恨を口にする。
立ち並ぶ少年少女の反応はさまざまだった。
雰囲気に流され、にらみつける者。
粛正の憂き目にあった同朋を憐れむ者。
居心地悪くたたずむ者。
大勢の頭上を渦巻く思いを無視し、なおも副校長は問いかける。
「何が悪かったかわかるか?」
「他の人の気持ちを考えない発言をしたからです」
「600人の気持ちを害したんだ、その意味が分かるな?」
「はい……」
「さっさと戻るんだ」
針のむしろとなった少年は、ようやく周りと同じ列に戻ることを許された。
歯を食いしばるが、泣きはしない。ただ居心地の悪さに耐え切れず、空を見上げる。
青すぎる空を切り裂くように、無粋にも飛行機雲の白い筋が一本だけ現れた。
白線の続きに思いを馳せていると人口の雲は無情にも薄くなり、やがて消えてしまった。
このとき、眼鏡をかけた少年が、空を見上げている拓冶少年を整列から見つけた。
そして、思ってしまった。周りに否定されそうな夢なんて持たなければいいのに、と。
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