第4話 絶望の味は己の罪を混ぜて食べる物

『──────日本国内で多発している謎のウイルスによる死亡事故が多発しています。

 細心の注意を払い、手洗いうがいなどの予防とマスクの着用を呼びかけています。

 ──────では次のニュースです。一昨日発生した県立王灘東代高校での行方不明者にまつわる情報です……監視カメラ……』


「良いのか?あの子の情報が分かるかもしれないだろ?」

 男がそうぼやいた

 男と女、いや夫婦が卓室で頭を抱えていた


 どちらの顔にも憔悴しきった疲れの表情を滲ませ、まるで何かの希望があるのではないかという目をしてスマートフォンに齧り付いていた


「あなた!なんでそんなに落ち着いていられるの!……あの子が、あの子が……うちの『律』が行方不明になったのよ!?……」


 女の名は文名 楓

 立ち上がりながら、ぐるぐるとその場を歩き回る。


「落ち着け!……あいつがこんなことでくたばるようなやつじゃない!……分かってるだろ!」


 男の名は文名 常一

 座りながら、しきりに足を揺らして何かから逃れるような顔をしていた


 昨日の事だ。うちの子の通う学校でテロか何かが起きた。

 一瞬のうちにうちの子がいるクラスメイトが全員消えてしまったのだ


 警察が必死に監視カメラを見たが、何故かデータが完全に消えていて復元が困難だと言う話だった


「ああ!律、律!私のただひとりの娘!……あの子が、あの子がいなくなったら私……私!」


 最早泣くことしか出来なくなっている妻をなだめようとするも

 自分も律との思い出がフラッシュバックして動けなくなる。


「律律律律……りつ!あの子が、あの子さえ無事だったらほかは何でもいいのに!……あの子は……あの子は………………あの子…………あの子?……あの子って誰?」


 絶句した俺は妻に詰め寄り


「何を言っている!あいつの名を……あれ?……あいつ?……………………そもそもうちに子供なんて居なかったよな?」


 2人は首を傾げる。

 何かを忘れているような、そんな感覚が残っているが、その感覚も次第に空虚なものになって消えていった



 ◇◇◇◇◇◇◇



 俺たちは、3人で固まって動く。


 正直、先程までとは全く別物な感覚になっていた。


「弱点見つけました!……炎系列です!」


 そう叫んでいるのは精霊魔法使いの『柿内 遊』

 クラスでは図書委員副委員長を務める心優しい青年……というか見た目はどちらかと言うと女子っぽい人


「了解!まっかせて!……炎よ!敵をうがて!『ハイフレア』!!!!!」


 そう言って敵に魔法を撃っているのは魔法剣士にして、全属性を統べるという能力者『夏目 冬美』

 クラスではバトミントン部のエースだったはず

 異世界に来たことで髪色が金髪になっているが、根は真面目なやつだ


「くっそ!仕留めきれなかった!もう1発打つための時間稼ぎよろしく!」


 そう言われた俺は、盾をかまえ攻撃を引きつける。

 俺の名は『安藤 真一』……分かりやすく言うと早く家に帰って遊ぶ部活のエースだ。


 目の前にいたオオカミと人間が合体したような生物の攻撃を俺は盾で防ぐ。


「……ッ!」


 流石に完全には殺しきれなかったが、それでも一瞬ヘイトを買うことが出来た


「ナイス!……えっと……炎よ、風よ、敵を穿ち裂く息吹となれ!『ゲイルファイア』!」


 バゴン!という音がして、そのモンスターの上半身が消し飛び、倒れる。


「はぁ……はぁ……やった?……のか?」


 俺は盾にかけていた光魔法を解除し立ち上がる。


「皆さん!ヒールしますから、こっちに!……光の精霊よ……我らを癒す歌を!『精霊のアリア』!」


 俺は体のあちこちが温泉に浸かったような心地よい感覚に包まれる。

 それに合わせて、体のあちこちの傷がどんどんと癒えていく


「何とかなったわね!……んじゃあ少し休憩してから進みましょ?」


 冬美の提案で俺たちはその場に座り少し休んだあと、再び前に向かって歩き出す。


 ここまでにたくさんのモンスターを倒して来れたが、正直……ふたりがかなり優秀なのもあってサクサクと進めていた。


 それでも休みを入れている理由は、精神力と魔力を回復する時間が必要だから……だ。


 そうして俺たちは出口のような場所にたどり着く。


 ……あれ?もう出口なのか、?と俺たちが戸惑っていると


『やぁやぁ皆様!おめでとう……君たちは唯一このダンジョンの最後までたどり着いたパーティだ!

 ……この後本当はボスが三体控えていたのだが

 ……前の人がボッコボコにしてね……一体しか残っていないのだよ……

 まぁそんなわけでだが……君たちには最後まで挑む権利が与えられた!

 ……その前にひとつ教えておくべきことを伝えよう』


 そう言ってにやりと男は笑った



 ◇◇◇◇◇◇



 ──────最初のエリア。またの名をリスポーン地点


 もう、心まで折れかけた奴らがここに残っていた

 3人でも太刀打ちできず、幾度となく倒されてもう諦めかけている

 そんな彼らの元に


『はははは!貴様らは敗北者だ!

 ……ちょうど先程最後の3人がクリアした!……ふふふふふ!そして貴様らは我らの隷属となる!

 ……その前にこちらの写真を見せてあげよう!』


 そう言って男が皆の前に映し出したのは、家族や親族、恋人、といった知り合いの写真だった。


 皆その写真をみて、疑問に思う。何故?こんなに優しい眠り顔を?……と


『……ふふふふふ!これはただの眠り顔では無い!……しかしまぁ綺麗な顔だろう?

 ……であるから当然なのだがな!』


 場の空気が完全に固まる


 その様子を無視して、男は饒舌に語り始める


『貴様らは何故?

 ……普通は1度だけの人生を幾度もやり直せるのは何故だろうなぁ?……普通、代価を支払うべきだろう?……』


「な……ぇ?……え……」

 誰かが事実に気がついたようで、口を押えて吐き出す


「……代価は私たちの……知り合い……?」


『そうさぁ!

 お前たちの……こちらの世界での死をお前たちの知り合いに肩代わりしてもらっているのさ!……さて?貴様らは


 ──────泣き出すもの

 ──────叫び散らすもの

 ──────殴りかかるもの

 ──────吐き出すもの

 ──────信じられず目を背けるもの


 三者三様の反応を示す


 それでも行き着いた結末は皆等しく絶望だった。

『おやおや?何を悲しんでいるんですか?……ふふふふふあなたにはなんの実害もないというのに

 ……ああでも、あなたの妹の最期の表情は美しかったですよねぇ?』


 一人の人間が壊れた。


『良かったですねぇ……毒親が死んで!ああでも……あなたを助けてくれようとしていた恋人も、影から支えてくれていた人も皆なくなってしまいましたが……ね』


 また1人


『ああそう言えば……』


 また1人また1人また……


 そうしてその場にいた全ての人間の心を滅多打ちにした後、男は指をパチンと鳴らす


『さて、君たちには知り合いが居ない……だからこそ我々と共に戦おうでは無いか……なぁに……自由より楽しいだろうさ……どうだい?』


 そうして、男はその場の異世界人全員を隷属させた


 またしても新たな駒が増えた……とほくそ笑みながら



 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 その事実を聞かされた時、俺は頭を抱える。

 ──────吐き気がする、胸糞が悪い。

 心の奥底がズキンズキンと痛む

 ……俺の身勝手で家族を、知り合いを犠牲にしてしまったのか?!……

 そんな絶望が頭の中でやまびこのようにこだまする


 目を閉じると頭の中に家族との懐かしい日々が走馬灯のようによぎる。

 もう、会えないなんて……と涙が溢れてくる


 けれど……すぐに立て直すように立ち上がる


「そうだ……俺たちがみんなの命と引き換えに行けていけるのならば……」


『おや?』


 てっきりそのまま心が折れてくれるかと思った男は少し驚く


「……この命尽きるまで前を向いて進まなければ……みんなに失礼になってしまう……だから……だから!!!」


「俺たちは進み続ける!それが罪滅ぼしになるのなら……喜んでやってやる!」


 その言葉に頷くように2人も立ち上がる。


「そうだよ……!私たちは生きてる……みんなの犠牲を受けてでも生きることが出来ている!……だから!」


 涙を拭いまっすぐ前を見つめて


「そうだ!僕たちが止まる理由にはならない……そうしてこの世界で命つき果てるまで進んでやる!……それが終わったらみんなに謝ればいいさ!」


「ああ!行こう!……」

 そう言い残すと、男の方を何も見ることはなく……

 扉を開けて最後のボスに挑んで行った



 その様子を眺めて、男はため息を着く。


 あれらはまさに勇者たちとでも言うべき精神を持ち合わせるもの達か……あれを止めることは出来ないわけだ……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 先程、堕天使を瞬殺し、その後魔神騎士を倒した律はその事実を告げられるが


 ふーん。あっそ……


 そう言って律はその事実を捨ておく。

 男は驚きながら何故、心が折れないのかと尋ねると。


「だって前に進むしか道が無さそうだし!

 それの邪魔になるなら無視するだけだもんね!……第一私死んでないし……これからも死ぬつもりないし……ってかそうじゃん!」


「ちょいとお願い聞いてくれない?……そんぐらい良いでしょ?」


『可能な範囲ならな……まぁ貴様のことだ何か我々に不都合があることは言わないだろうしな』


「あんがと!……んじゃあ


『……それは本当に良いのか?あまりそれをするべきではないと私ですら思うのだが……?』


 そう言うと、律は


「ふーん見かけによらずあなた優しいんだね?……まぁ理由なんてひとつしかないのよ?」


 ────「それが1番あの人達にとって幸せだろうし……ね。あ、それ以外にも今の歳ならまだハッスルすればあと一人は行けるだろうし……」


『───本当に良いのか?…………ああわかった。貴様の願いを叶えてやろう……それでは扉の先に進むといい……』


「ありがと!……あ、そうだ!服ちょうだい?!……私堕天使の服剥ぎ取ったんだけど思ったよりボロボロにしちゃって……」


 そう言いながら走り出す彼女を見ながら男は一人ぼやく


 彼女はどんな人生をあゆむつもりなんだ?と。


 少なくとも、この先……圧倒的な理不尽すら破壊する……いや、ゴリ押しするだろうその女性を眺め


 ……『まぁ好きにするといいさ!……世界は自由で充ちているのだからな!』


 そう叫んだが、たぶん聞こえていない







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