夢を見た。

 夢の中で僕は、小学三年生になっていて、目の前には、数年前に縁を切られた母が立っていた。

「なんでこんな簡単な問題ができないの?」

 母の声と共に、パンッ! と頬を叩かれる。

 夢のくせに、妙に生々しい痛みを覚えながら、母を見上げた。

母が冷たい目で僕を見下ろしている。

「ねえ、正樹、なんでできないの?」

「これでも、頑張ったんだよ」

 反論すればまた叩かれるとわかっていたのに、僕の口は勝手に言葉の輪郭を結んでいた。

 当然、また殴られる僕。今度は、バチンッ! と、さっきよりも激しい音が響き、頬に痺れるような感覚が広がった。

「ああ、もう…、なんでこんなことになるのよお…」

 母は泣きそうな声でいうと、四十三点の答案用紙を僕の足元に落とした。

「…とにかく、次もこんな成績を取ったなら、塾を増やすか、家庭教師をつけるからね」

 そう言った母は、少し膨れた腹を撫でた。

「…しっかりしてよ。もうすぐ、妹が生まれるんだからさ」

 そして、ふらつきながら部屋を出て行ってしまった。

 扉に耳を当てると、父と母の声が聴こえた。

「ねえ、あなた、私もう、しんどい」

「君はよく頑張っているよ。頑張っていないのは、正樹の方だ」

「どうして私の言うことを聞いてくれないのかな…」

「大丈夫だよ。根気よく言い続ければ、正樹もわかってくれるはずだから。それでも治らないなら、そこまでの子供だったということだよ」

「もうすぐ妹も生まれるってのに」

「きっと、妹の方は、正樹と違って優秀な子どもに育ってくれるはずだから」

「そうね。早く生まれてこないかあ…」

 僕に聞かせたことのない、母の優しい声。そして、父の笑い声。

「ほんと、外れくじだよ」

 幼いころの、忌まわしい記憶。

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