⑦
夢を見た。
夢の中で僕は、小学三年生になっていて、目の前には、数年前に縁を切られた母が立っていた。
「なんでこんな簡単な問題ができないの?」
母の声と共に、パンッ! と頬を叩かれる。
夢のくせに、妙に生々しい痛みを覚えながら、母を見上げた。
母が冷たい目で僕を見下ろしている。
「ねえ、正樹、なんでできないの?」
「これでも、頑張ったんだよ」
反論すればまた叩かれるとわかっていたのに、僕の口は勝手に言葉の輪郭を結んでいた。
当然、また殴られる僕。今度は、バチンッ! と、さっきよりも激しい音が響き、頬に痺れるような感覚が広がった。
「ああ、もう…、なんでこんなことになるのよお…」
母は泣きそうな声でいうと、四十三点の答案用紙を僕の足元に落とした。
「…とにかく、次もこんな成績を取ったなら、塾を増やすか、家庭教師をつけるからね」
そう言った母は、少し膨れた腹を撫でた。
「…しっかりしてよ。もうすぐ、妹が生まれるんだからさ」
そして、ふらつきながら部屋を出て行ってしまった。
扉に耳を当てると、父と母の声が聴こえた。
「ねえ、あなた、私もう、しんどい」
「君はよく頑張っているよ。頑張っていないのは、正樹の方だ」
「どうして私の言うことを聞いてくれないのかな…」
「大丈夫だよ。根気よく言い続ければ、正樹もわかってくれるはずだから。それでも治らないなら、そこまでの子供だったということだよ」
「もうすぐ妹も生まれるってのに」
「きっと、妹の方は、正樹と違って優秀な子どもに育ってくれるはずだから」
「そうね。早く生まれてこないかあ…」
僕に聞かせたことのない、母の優しい声。そして、父の笑い声。
「ほんと、外れくじだよ」
幼いころの、忌まわしい記憶。
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