③
今なら、無事に帰路につける気がする…。
そう信じ、再びアクセルを踏みこんで出発した。
レンタカーは、さっきよりも快調に朝の道を進む。
半開きにした窓からは、冷え切った風が吹き込んで、喉の辺りに鉄の味をこみ上げさせた。
昨日は散々な一日だったよ。彼女にふられるわ、昔の夢を見るわで…。
「ほんと、嫌になるわ」
おどけたように言うと、涙がぼろぼろと零れる。
レンタカーは、人気のない道をひたすら進む。
青信号が、赤に変わる。レンタカーはのんびりとスピードを落とし、停まる。
しばらくの沈黙。
赤信号が、青信号に変わる。横から車が走り込んでくる気配もない。
僕は軽く、アクセルを踏み込んだ。車は進み出し。そのまま交差点を横切る。
歩道沿いの植え込みから、白い影が飛び出した。
「あ…」
ドンッ! ガリガリッ! バキバキッ!
車の内部に響く、鈍い音。肉がアスファルトで削がれる音。骨が細かく砕ける、乾いた音。
ハンドル越しに、その生々しい感触が手に伝わり、全身が冷たくなった。
我に返った僕は、ブレーキを踏んだ。車はのんびりとスピードを落とし、停車する。
身を捩って振り返ると、交差点の中央からこちらまで、赤い線が引かれていて、その途中に、血塗れの肉塊が落ちているのがわかった。
やっちまった…と思った瞬間、背筋が冷える。
形から察するに、猫だろうか? 当然、もう動くことはない。今更病院に連れて行ったところで意味はないし、そもそも、動物病院はまだ開いていない。
まずいことをしてしまったのではないか? と思ったのは一瞬で、まるで、煙が溶けて見えなくなるように、その猫の死体は、一瞬にして日常生活の一部に馴染んだ。
「なんでえ」
道路に、猫の死骸、狸の死骸、烏の死骸が落ちていることなんてよくあることだったのだ。
ああ、くそ。レンタカー屋さんに、なんて言おうかな…。
そんなことを思った僕は、頭をぼりぼりと掻き、またアクセルを踏んだ。
車は、何事もなかったかのように発進するのだった。
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