第8話 願わくば
「タイムループ。……してるだろ」
単刀直入に言ったのは、横峯をこの場に繋ぎ止めておくためだった。という打算などなく、ただ単に余裕がなかったからだ。
横峯は何も言わない。
肌に触れるか触れないかくらいの風が横切る。
やがて口を開いた横峯の表情は見えなかった。
「"今回の夏"の始めに、何か冗談でそんなこと言ってたね」
そんなこと、というのは「タイムループしているとしたら」という話題、という名の俺の泣きつきのことだろう。
どうやら隠す気はないらしい。俺は少しだけ安心して次の句を紡いだ。
「簡単なことだったんだ。タイムループするたびに違った形で失恋の報告をしていた横峯と接していて、俺はずっとある勘違いをしていたから、肝心なことが見えなくなっていただけで。……始めからお前だけがこの世界で違っていた。他の人間は始め、毎度寸分の狂いなく同じ行動を起こしているのに。俺は平行世界を移動していたんじゃない、毎回同じ時間と空間の軸に立ち戻っていたんだ。……連続した意識を持つもう一人の人間と」
くすくす笑いが聞こえた。
俺の余裕はますます立ち消えていく。
ひとしきり口を押さえて笑った横峯は、一息つくと俺に微笑みかけた。逆光の中、なぜかそれがはっきりとわかった。
「正解だよ、立花。もっとも、気づくのが遅すぎるような気がしないでもないけど。ま、こんなこと言える筋じゃないね。……謝るのは僕のほうだよ、君を付き合わせちゃったんだから。」
「付き合わせた?それは一体どういう、」
「もちろんタイムループにさ。でももうそれも終わりだ。今からつかえているものを取り去るからね。……立花、僕はね、君とずっとこの夏に居たかった。楽しかったよ、いろんなところに行ったり、どこに行くでもなく一緒にいたり。たぶん、君が思っている以上に僕は君のことが好きなんだと思う。……今だって、すぐにでも君の元に駆け寄りたい。でも、それだけじゃないんだ」
横峯は一歩後退した。
「もう、わかるだろう、僕の言いたいこと。そういうことだから。君に迷惑はかけられない、今日のことは忘れてほしい。」
暖かな祭の灯りに縁取られた横峯は、そのままふっと消えてしまいそうに小さく見えた。
「……忘れられるか」
俺は一歩踏み出した。
「俺はお前のタイムループに付き合ったんじゃない。俺も片棒担いでたんだ」
横峯が息を呑む気配がした。
「堰き止められるものは感情と、それに付随する時間。俺自身にそれがなければループは成立しない。そうだろ?」
「……そんな、」
「この夏に長いこと閉じ込めてしまって悪かった。……もっと俺が感情方面に聡ければ、ここまでお前を孤独にすることもなかったのに、」
いつの間にか横峯の目の前まで来ていた。
横峯は身じろぎもせず俺を少し見上げている。
ここまでくると顔がよく見える。思わず見つめると、ついと目を逸らされる。目元が光っていたことには気づかないふりをする。
「……ほんとに、立花ってずるいよな。いつもはのっそりした朴念仁のくせに」
「ひどい」
「で、何か続きがあるんじゃねーのか」
「う、ん、」
「そこできょどるなよ」
「あーーーもうわかった、言やいいんだろ言や」
大声を出したのは照れを隠すためで、次の言葉への景気づけみたいなものだった。
それから横峯と俺は日付の更新を待った。
祭の灯りが消えていくのを見守りながら。
他愛もない話をしながら。
推測が当たっている保証はなかった。ひょっとすると俺たちは永遠にこの夏に閉じ込められてしまうのかもしれない。
「……それでもいいか」
とろんとした目つきの横峯が、聞いてんだか聞いてないんだかわからない感じでこくりと頷いた。眠たいな。立ったまま肩を抱き寄せて、右肩を横峯の枕にする。
リピートサマー、願わくば。これは俺のエゴイズム。叶えられないだろう、ただの我儘。
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