第5話 気づきと失意

成瀬と別れたあと、俺は家路を辿った。

 もう19時過ぎだというのに、小学生が鬼ごっこをして遊んでいる。明るいもんな。俺もこれくらいの頃は性懲りもなくケイドロばかりしていた。檻の中の仲間を開放するのが映画の主人公みたいで楽しかった記憶がある。それを言うと、横峯は「立花らしい」と笑っていた。「君はフィクションだと反体制側の人間に肩入れしやすいもんね」

 そういう横峯はさっさと捕まって泥棒と警察の乱闘を眺めるのが好きだったんじゃないか?と聞いてみると、やはりそうだったらしい。

 「立花が助けに来てくれるまでのんびり待ってるよ」

 二度とこない小学生時代のifはたわいもなかくて、その分妙に燦めいていた。


 寝る前に横峯に電話をした。

 「ただいま電話に出ることができません。ピーッという音の後に、お名前とご用件を……」

 もう寝たんだろう。俺は携帯を出窓に置くと、そういや最近横峯の声を聞いていないな、とうっすら考えながら眠りに落ちていった。


 登校日である8月25日になっても、横峯とは連絡がつかなかった。

 「平和学習なんてちゅーがくせーかっつーの」「帰りに駄菓子屋寄ろうぜ駄菓子屋!」「お前はひとり小学生だな」「うるせー!あたり棒取り替えてもらうんだよ!」「ますます小坊じゃん」

 クラスの友人のこのやりとりも56回聞いているのでいい加減先回りして全部諳んじられる。

 視聴覚室へ移動する最中、横峯とその友人とすれ違った。

 俺は久しぶりなのもあって、柄にもなく「よう」と声を出し手を上げた。横峯はこちらを見た――そして何も見なかったかのように隣の友人との話に戻っていった。

 俺はしばらく手を上げた格好のまま、間抜けに固まっていた。

 「立花?」

 クラスの友人がこちらを振り向いて怪訝そうな顔をした。

 「……すまん、なんでもない」

 俺は後ろを振り向いた。横峯の後ろ姿が遠ざかっていく。いつもの飄々とした歩き方。俺の見間違いか?

 そう一瞬考え、かぶりを振る。あの瞳の動き、横峯は確かに俺を認識していた。そして故意に無視したのだ。


 ま、そういうこともあるか。と、いつもの俺なら諦めていただろう。ずっと続くばかりが友情じゃないと。

 無理やりそう思い込もうとしたが、できなかった。何か胸の方から押しとどめてくるものがある。

 視聴覚室で平和学習の映像を見、学校を出て友人たちと連立ち駄菓子屋へ向かう過程で、胸のつっかえは次第に淀んでいった。

 家に帰り着いて麦茶を飲もうとコップを傾けたとき、この感情にやっと名前をつけることができた。

 ぐらぐらとした悲しみ、そして焦燥。

 そう気づいて、俺は苦笑した。こんなに打撃を受けるくらいなら、もっと早く、そうだ、無視された瞬間に何か声をかけたらよかったんだ。

 感情を名付けることができないまま、深く深く揺り動かされて反応ができなくなる、ということはこれまでもよくあった。

 今回もそういう――、そこで俺はだめになった。

 体が動かない。どうしようもなく寒い。夏のはずなのに。

 這々の体でベッドまでたどり着くと、体を硬直させたままどさりと横になった。

 なんだこれ。こんなの初めてだ。今までなら感情を揺さぶられても体が強張るくらいで、持ち前のこういうもんか精神ですぐ立ち直ってきたのに。

 俺、何かしたかな。横峯の気に触るようなこと――。失恋を茶化したから?浮き輪ひっくり返したから?蝉の抜け殻を顔に近づけたから?

 違う、これは昔のループのときの記憶。

 何回も付き合ってくれてたんだな。

 俺のどこを気に入ってつるんでくれてたんだろう。

 なんの話をしていたんだっけ。どうしてあんな笑ってたんだっけ。よこみねは俺なんかといてほんとうにしあわせだったのか――。

 そこからの記憶はない。

 

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