第4話 @ファミレス
成瀬とはたまに遊ぶようになった。つぶらな瞳で自説を話す彼を見ていると癒やされた。
彼の興味は人間や動物、自然科学から哲学宗教学、芸術と留まることを知らず、次から次に繰り出される話題に俺は1000分の1もついていくことはできなかったが、聴いているだけで世界が拡張していく感覚があった。彼のいいところは、どれだけ学問に沈潜していっても衒学的にならないところだ。知識は有機的につなぎ合わさり、知恵に昇華されていく。その過程は曼荼羅のようだった。……そういうことはわかった。
とはいえ、彼は一方的には話さない。いつも俺の疑問に臨機応変に対応し、俺の理解の度合いまで降りてきてくれる。本当の知性ってこういうことなんだろう。
……成瀬なら。成瀬なら俺の今の境遇を理解してくれるのではないか?
ふいにそう思った。とたん、口が勝手に動いた。
「成瀬」
「?どうしたの、立花くん」
「タイムループって言葉知ってるか」
「時間SFに用いられる技法?基本的なことしか知らないけど……どうして?」
「そうか……。いや、知り合いに……じゃない、ごほん、実を言うと、俺、タイムループしてるみたいなんだ」
ちょっと直球すぎたか?
しかしそれは杞憂だった。成瀬は目を輝かすと身を乗り出し、「詳しく聞かせて!!!」と珍しくビックリマークましましで食いついてきた。
俺は驚きながらも安堵し、成瀬に今回が56回目の夏であること、毎回状況が少しづつ変わることから平行世界を移動しているのではないかということ、意識だけが移動し体に次々と乗り移っていることの根拠などを話した。
成瀬は顎に手を当てて考え込んだ。
「なるほどなぁ……。まさしくタイムループだ」
「信じるの早いな」
「だってこの世は未知に溢れているんだもの。それくらい起こったって不思議じゃないよ。しかし羨ましい状況だなぁ……って立花くんは悩んでるんだよね、ごめん」
「いや、謝らなくていい。最初はさすがに驚いたけど、3回目くらいから順応したから」
「それこそ早いね」
「そうか?まあな」
二人同時にぷっと吹き出した。
成瀬といると深刻にならないのがいい。
横峯に話すとどうなるんだろう。まずあいつは大げさに驚いて、「さっすが夢みる立花くん、妄想力逞しいですなぁ」とかなんとか言いつつも真剣に取り合ってくれそうな気がする。それからあいつは悲しんでくれて……ん?なぜに?横峯が悲しむ?そんなウェットな奴か?
自分の思考がよくわからなくなってきたので意識を現実に戻す。
「でも56回もループしていて、よく精神が無事でいられたね。」
確かにな。自分でも不思議だった。
「まあ途中落ち込みもしたけどな。なんせほぼ5年間同じ一月を回ってたわけだし。でも娯楽は山のようにあるし、遊んでくれる奴もそれなりにいたし、そんなに苦痛ではなかったな。同じニュースの繰り返しには辟易したけど」
しかしこれは後づけの理由な気がしていた。
元々俺はあまりものを分析的に考える性質(タチ)ではないし、そういう人間は得てして緊急時にパニックになりそうなものだ。しかしそうならなかったのは、思うに、俺は物事を「そういうもんだ」と割り切る能力が異様に高いからではないかとふんでいる。パニックになるのは「どうにかしなきゃ」と足りない経験で対処しようとするからで、対して俺は俺自身の力でどうしようもないことに歯向かう気があまり起こらない。適当な神仏に祈りこそすれ(失礼)、彼らがどうにかしてくれると実はほぼ思っていなかった。もちろん、俺自身がどうにかできる問題にはできる限り持てる能力・経験・知識を注ぐ。しかしその結果というのは、やはり人智の及ばぬところであるし、なんというか、あまり込み入って考えず、楽に生きられればそれでいいのだ。
しかしこういう考えをクレバーな成瀬は受け入れてくれるのか。
「まぁ、のんきな性格してるからな」
とだけいうと、成瀬は笑わずに、
「深刻になりすぎないのはいいことだよ。立花くんはその方法を心得ているのだと思う」
と真面目に頷いた。
妙に照れてどう返せばいいか分からなくなったので、俺は目の前のアイスコーヒーを傾けた。氷が涼しげな音をたてる。
ファミレスは冷房をケチらないから、だべる場所としては最適だった。ドリンクバーのおかげで長時間居座っていられるし、金のない学生にとっては軽井沢に匹敵する避暑地である。
「それで、立花くんはタイムループを止めたいんだよね」
「まあな。年に換算すると5年近く同じ月にい続けてるから」
「その割に、夏休み前の僕の記憶の立花くんと齟齬がない感じが……」
おっなかなか言うねぇ。
「耳が痛いことで。同じ連中とばかりつるんでたからということでひとつ」
「あっ気を悪くしたならごめん!純粋な疑問だったんだ……時間がまっすぐ進まないということは、精神的成長にもなんらかの影響を及ぼすのかもしれないという……」
「成瀬が嫌味を言うやつじゃないことは分かってるから大丈夫」
成瀬はほっとため息をついて微笑んだ。
「立花くんは優しいね」
「? そうか?普通だと思うが」
「僕、よく無自覚に人の気に触ることを言ってしまうみたいなんだ。悪気があるわけじゃないんだけど、悪気がないならなんでも言っていいことにはならない。だから、もし僕が君を傷つけるようなことを言ったら指摘してほしい。……変なお願いをしてごめん」
「わかった。成瀬は真正直だからな。確かに人を傷つけたり損をすることも多いだろうけど、見方を変えれば美点のひとつでもあるから」
成瀬はにっこりと笑った。
俺は冷コーを飲み干した。
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